短編

□あなたの笑顔が消える時
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何かが違う。


何かが足りない。


そんな朝。













あなたの笑顔が消える時













目が覚めて、隣のぬくもりを探した。


冷たいシーツが手に馴染んで、これがが現実なんだって思い知らされる。


空はこんなに明るいのに、


朝はちゃんときたのに、


暗闇にいるようだ。







野久保がその話を聞いたのはだいぶ後だった。


撮影で山奥へ来ていた為、携帯が圏外になっていたからだ。





帰宅の車中、剛兄から送られて貯まっていたメールが着信した。





『お疲れ。お前、今どこにいるんだよ!』





『連絡取れたら至急折り返せ!』





『事務所に聞いた。連絡取れる状況になったら連絡してくれ』





『何やってんだよ、お前!』







いつもの剛兄らしくない焦り様、何か起こっている。


次のメールで凍りついた。























『雄輔が、死んだ』






















意味が理解できなかった。


頭の中がまっしろで3文字だけがぐるぐる回っている。





死んだ。





誰が?


だって今朝もいっしょに居たじゃない。


おはようってキスして、朝ごはんだって食べて、現場に遅れるってあなたは走って出ていったよね。


・・・雄兄?









気がついた時には病室の前に立っていた。


中から沢山の人の声がする。


悲しみの声、泣き声。


怖くて足が竦んだ。




ガラ・・・




「直・・樹っ」


真っ赤な顔して泣き腫らしたつるのさんが立っていた。



ゴスッッッ!!!!



鈍い音と鋭い痛みがはしる。



「お・・前っ!何で連絡寄こさなかったんだよ!!!」


「つるのさん!!落ち着いて!!」


「騒ぐな、つるの!!」



知った顔が勢揃いして、皆涙を流していた。



「仕方ないじゃない、野久保君も仕事だったんだし・・・」


「こいつは・・・こいつは、何があってもいっしょにいなきゃいけなかったんです・・・っ・・・こい!」


腕を引っ張られ病室に連れこまれる。


部屋にあるただひとつのベットの枕元には、雄兄のお父さんとお母さんが座っていた。


軽く会釈をして近づく。


「雄輔、最後までお前を呼んでたよ・・・もう、目もロクに開いてなかった・・・・最後に「もうすぐお前がくる」って言うと笑ってさ、そのまま逝っちゃったんだよ・・・」


だから顔見てやってほしい、剛兄はそういって下がっていった。


震える手を伸ばした。


大好きなあの人は確かに笑っていた。


笑顔が涙で滲んで見えなくなる。


僕はその場で泣き崩れた。











雄兄は撮影中の転倒で頭を打ち、その当たり所が悪かったらしい。


誰も悪いわけじゃない、それが逆に異様の無い虚無感を与えた。












朝、目を覚ました僕の隣にあなたはいない。


これがまだ夢の続きの様だ。


気だるい体を起こして僕は支度を始めた。


顔を洗って、歯を磨いて、白いシャツ黒いスーツを着た。


雄兄・・・僕は笑えないよ。


泣き出しそうになりながら玄関を開ける。


昨日あなたが開けた扉を押して僕はあなたの最後を見に行く。








end

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