ルパン三世
□1.4
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「その角を右だ」
手綱を操るマリオに、ルパンが命じたのは十分ほど馬車を走らせたときだった。
「え?この先は旧ラモン伯爵邸だよ。
今はもう軍隊に封鎖されていて、誰も入れない」
「かまわねえ。行くんだ」
馬車は鉄条網を張り巡らされた塀の前で止まった。
塀の向こうには洋館がそびえている。
「ラモン伯爵は、旧国立博物館の館長で、八年前のクーデターのとき、ドゴンに処刑された王族のひとりだった」
「その通りだよ。知り合いだったの?」
「いいや」
荷台から軽々と飛び降りたルパンは塀の前で立ち止まり、ジャケットから小さなリモコン装置を取り出した。
「ラモン邸宅と国立博物館は地下通路で繋がっている。
館長であるラモンが自由に行き来出来るように作られたんだ」
ルパンがリモコンを操作すると塀の一部が動き、車一台が通れるほどまで開いた。
そして荷台の中から声が聞こえた。
「下準備としてここに侵入出来るようにしていたんですね、さすがルパンです。」
「へへっ、滸に褒められると照れるぜ」
ゆっくりと馬車は動き出して塀の内側に入ってしまうと一瞬後またするすると動き、元の形に戻った。
サイレンを鳴らしたパトカーがその前を通り過ぎたのは、それから一分と経たないうちだった。
次元は今マリオに銃の使い方を教えている。
だがその顔はふて腐れていて、なんとも機嫌が悪い。
マリオもこれ以上機嫌を悪くさせないようにするのに必死の様子だ。
「次元、いつまで拗ねているんですか?
言ったじゃないですか、あれは炯の独断だと」
「ああ、わかってるさ。
だがどうも気にいらねえ…なんであいつなんだ」
「だから独断なんですって……」
次元が拗ねているのは自分の恋人――つまり炯が勝手に自分だけあの場に残ったことにある。
元々装備がスパイに似ている炯は、こうしていつも敵を内側から崩していくのだがその方法がなんとも危なっかしく、その度に死にかけたこともある。
それを次元は心配していた。
「そういえば滸、作戦変更前はどうするつもりだったんだ?」
「馬車には乗らずにあの場に残って、馬車が逃げていくのをパトカーに追わせて、ゆっくり逃げるのを狙っていたのですが…」
「が、?」
「気付いたんです。
それだとマリオは一人だけ危険に晒されるし、爆発してるのにそう何分もあのアパートが堪えれる訳無いって!」
それを聞いてルパンと次元は同時に溜息を吐いた。
滸と炯は一人前のようで半人前…おっちょこちょいとマイペースが、こうやって顔を出すのはいつものことだった。
「仕切り直しだ…。
いいか、もっと親指と人差し指の着け根に銃を押し付けるんだ。
このSIG230は、お前のような小さい人間でも扱えるほどグリップが細い。
これ以上大きい銃はお前には無理だ。
肩の力を抜き、体重を両足の爪先にかけて、両手をまっすぐのばせ。
よし、もう一回、撃ってみろ」
その声に先程のイライラした雰囲気は少しは収まっていた。
銃声が反響し、標的紙の隅に穴があく。
「目をつぶるんじゃない。
目をつぶったら、当たるものも当たらない。
銃声を怖がるな!」
「ふふっ、次元が炯に銃を教えていた頃とそっくりですね」
「あん時は大変だったなあ…
少し手が触れただけで真っ赤になっちまってたからな」
ルパンと滸が話している間にも指導は続く。
しばらくしてようやく標的紙の中央近くに弾痕が集まりだすと、マリオが尋ねた。
「ねえ、もっと遠くにいる奴を狙うときは撃ち方が違うの?」
「もちろん違う。
だが早撃ち勝負は五メートル以内が原則だ。
それ以上離れたら、大抵の奴には当てられない。」
「次元でも?」
次元は流れるような動作で腰のマグナムを抜き、引き金を絞った。
長い一発の銃声に聞こえるような六連射のあと、空の薬莢を振りだす。
十五メートル先に吊した標的紙をルパンが手に取ると、ど真ん中に一つだけ穴があいていた。
「次元でも一発しか当てられないんだ」
「違いますよ、マリオ。
六発全部、この穴に入ったんです。」
「げっ」
夜が明けても一人でマリオは特訓し続けた。
ルパンと滸が寝転がるベッドに近付いて次元はルパンと話をしている。
滸はぐっすり寝入り、起きる気配はない。
「なぜマリオはあそこまでして大会にこだわるんだ。
賞金が目当てとも思えねえ」
「そういや、妙なことを言ってたな。
遠くにいる奴を狙うときは違うのかって」
「どうやら別の目的があるようだ。よしっ」
「ん…ルパン、?」
ルパンが起き上がると薄く目を開けた滸も共に起き上がる。
「滸はまだ寝てていいぜ。
ちょいと探りを入れてくるか。
早撃ち大会にマリオがこだわる理由を知りたい」
「炯はどうするんだ」
「………炯なら、心配ない、です。
無線を、渡して、ますから…」
「それを早く言ってくれよ…」
寝起きで舌っ足らずな喋り方の滸に呆れつつルパンを見れば滸の上に馬乗りになりながら一言。
「お宝の匂いがすんのさ。
この早撃ち大会には、何かあるぜ。」
そうして次元を部屋から追い出したのであった。