ルパン三世
□2.1
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「じげーん!」
「……っち」
炯が次元に声を掛けた。
目標を狙って弾いたはずのコインの軌道が大きくズレて、二人から逃げるようにコロコロと人だかりに消えて行った。
ここは赤道直下、南米の北西部に位置するオメニコ共和国。
簡単に言えば次元の苦手とする南半球である。
パリのように無愛想な店員陰気なギャルソン。
そんなカフェで次元と炯は人を待っていた。
先程の転がって行ったコインの代わりに新しいものを取り出した炯はギャルソンに笑顔で手渡した。
店内は殆ど男で満席だった。
世界中から集まったらしく色々な言語が飛び交った。
炯は母国のイタリア語を耳に入れた瞬間から、ワクワク――いや、ソワソワ?――している。
そんな彼女に対し次元はイライラしていた。
まず、炯が先程からイタリア人の方をちらちら見ることにより、視線を感じたその人達が先程からワラワラと集まっていることに対して。
そして、自分が南半球にいることが余計に苛立った。
感覚の一部に暗幕を掛けられたような不安定感が絶えず付き纏う。
さっきのコインだって普段は余裕で目標に向かって飛んでいくのに。
イライラから炯の肩に手を伸ばし引き寄せ、悪戯と言う名の鬱憤晴らしのキスをしようとしたときだった。
「はーい、ストップですよ、次元?」
「待たせたな、次元、炯ちゃん」
「あー!滸!
遅いよーっ、次元ったらピリピリしてて怖かったんだから!」
「っち」
次元は無言で帽子の鍔を上げて視線を上げる。
止められたことに対し、二度目の舌打ちをした。
二人が現れたことによって店内の視線が集中した。
「どうした次元、浮かない顔してるぜ?
…ああ、タイミングを誤ったか?」
「うるせえ。
なんでオメニコなんて聞いたこともない国で待ち合わせするんだ」
「おかしなことを言うな。
お前とは、これまで世界中のありとあらゆる所で待ち合わせしてきたぜ」
「それにしても、俺は気に入らねえ――」
「ありとあらゆる?ミー知らないよ?」
「炯もわんも、まだお師匠様のところで修行を積んでいる間にも二人は活躍してたんですよ?」
「し、知らなかった…!」
ルパンと次元が話している間、滸と炯は前回マリーの事件の時に会って以来中々連絡が取れなかった分話し続けていた。
そしてルパンが"バンディット・カフェ"という言葉を発して、漸く会話に加わる。
「ルパン、見られていますよ」
「なぁに、心配ない!
このカフェには一年に一度世界中の、一流の泥棒に招待状が送られるんだ。
招待された者は一年の成果を自慢しあったり、次の仕事の仲間を募ったり、今後の稼業の展望、なんてことまで話し合う。
それが"バンディット・カフェ"さ」
「でも世界中の、なんて…
そんなことすれば警察は絶対に気付くじゃないですか」
「警察には莫大な金を握らせてんのさ」
「一流の泥棒が集まるっていうが、お前に招待状が来たっていう話は聞いたことがねえな」
「そりゃあそうさ。
おれは一流の上に超が三つくらいつく特別な存在だからな」
「つまり、みんなの嫌われ者、ってことか」
「そ、そんなあ……」
黙って聞いていた炯が涙目になって滸にしがみついた。
ルパンが嫌われ者と聞いたことに対してだと思い、心配ありませんよ、と滸が声を掛けようとしたとき、机に勢いよく紙切れを叩き付けた。
「ミーだって超が三つくらいつくspecialな存在だもん!」
よくよく見ればそれは例の"招待状"で、炯は悔しそうに唇を噛み締めた。
他三人は引き攣った笑みを浮かべた。
「ここに書いてる、ジャン・パタンってまさか…」
「滸、いいとこに気がついたな。
こいつは伝説の大泥棒ジャン・パタン」
戦後のヨーロッパを荒らしまくった大泥棒。
列車強盗、金庫破り、絵画窃盗、何でもござれの天才で、三十代半ばで引退し、莫大な財産を持って南米に移り住んだと噂になっていた。
それがまさかオメニコ共和国だったとは。
「しかし、ジャン・パタンはまだ生きているのか」
「これが送られるということは生きているんでしょうね。
ですが、もう九十近くになるのでは?」
「そんなことどうだっていいー!」
頬を膨らました炯をルパンは笑いながら空気を抜いた。
それを見て余計に次元の機嫌は悪化する。
「炯は見る度に幼くなっていっている気がしますね…」
滸の呟きも聞こえない。