Ryo’s Room

□色付ク世界ヲ
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高校一年生の四月下旬。早ければそろそろ高校にも慣れてくる頃だった。
「なあ、お前って裁縫できるか?」
昼休み、柴時生はいつもと同じ様にパソコンを弄っている最中に右から声をかけられた。
振り向いてみれば、そこには少女めいて酷く整った顔をしたクラスメイト。
クラスメイトはワイシャツにネクタイを締め、何故か上着を着ていない。
開いた窓から風が柔らかく入ってきて、さらりと彼の群青色の髪を揺らす。
すると、ふわりと時生の鼻孔に漂ってくる清潔なシャンプーの香り。
馴染みのない、美しいその姿にただ戸惑うばかりだった。
「…えっと、」
「千郷柚子だ」
口から零れる涼やかなテノール。通りが良くて、澄んだ美声だ。
「席はあそこな」
そう言って柚子は真ん中の席を指差す。ふうん、と時生は軽い返事をした。
因みに時生の席は窓際の一番後ろの席。あまり目立たない位置である。
それから柚子は真剣な目をして、再びこう言った。
「お前って裁縫できるか?」
「あー…一応」
すると、柚子はブレザーの上着の袖を突き出した。
「ボタンが取れたんだ。付けてくれ」
そんな事をほぼ初対面の相手にいきなり言ってどうする。
時生の内心は当然ながら柚子に届く事は無く、時生はそれを引き受けた。

「何でボタン取れたんだ?早すぎるだろ」
指先で白い糸を通した針を操りながら、そんな事を尋ねてみる。
「何かに引っ掛けたらしいんだ。ボタンは落とさずに済んで良かったよ」
「何で女子に頼まねぇの?」
「急ぎだし、頼めそうな女子いないから。俺も聞きたい事あるんだけど」
「何だよ?」
「何で裁縫セットなんて持ってるんだ?」
「…緊急用。悪いかよ」
「悪くはないよ。珍しいな、って思って」
そんな会話をしながら手早く時生はボタンを付け、上着を柚子に返した。
おお上手いな、サンキュー、と柚子は白く美しい顔に満面の笑みを浮かべる。
もう用は済んだだろうと思い、閉じていたノートPCを開こうとした時に視線に気付いた。
見られている。恐らく、千郷という男にじっと顔を見られている。
再び右に顔を向けると、大きな群青色の目で自分をじっと見つめている柚子の顔。
「…何か、顔についてんのか?」
「いや…ちょっと気になる事が…」
柚子が気になっているのは、時生がかけている眼鏡の事だった。
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