Ryo’s Room

□飛び立つ鴉、墜ちゆく鳩、鳥籠の雲雀
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鈴木彩は、念願の病院の精神科へ行く事になって嬉しそうにしていた。
両親や周囲の人間、病院関係者からすれば酷く奇異な少女に見えたかもしれない。
おかしいとは思うが、彩は精神科へ行く事が決まってとても嬉しかった。

『だって、ずっと前から行きたかったんだもん』

診察を受けた後、両親に話があると言われて彩は病院で待っていろと言われた。
待合室ではなく、安全で人が呼びにいける場所ならどこでも良いと告げられた。
彩は色々な所を探検し尽くした所で中庭へ向かった。ここにいようと思った。
大きな木々。綺麗に刈られた芝生。よく手入れされた、赤いサルビアが印象的な花壇。
それにも関わらず、ここには人の姿はどこにも見当たらなかった。

『綺麗な場所なのに』

そこで初めて、彩は人を見つけた。まだ青みが残る一番大きな紅葉の木の下に。
紺色の無地のパジャマ。無造作に切られた墨色の髪。薄い唇。和風の顔立ち。
一重瞼に細身の身体。すらりとした長い脚。輝きの失せてしまった、墨色の目。
長く入院しているのか、蒼白く痩せ細ってはいるが体には適度な筋肉があった。
年頃は自分と同じ、中学生位だろうか。恐らく運動部に所属しているのだろう。
ぼんやりとした目付きで、虚ろに細長い指で文庫本のページをめくっている。
どこを見ているのか分からない。本を読んでいるとはとても思えない雰囲気だ。
彩はその少年には、優や高志と同じ様に男子に対する嫌悪感が感じられなかった。
しかし、二人とは全く印象が違う。優の活発さとも、高志の利発さとも違う。
この辺りの中学生らしからぬ、落ち着いていて大人びた雰囲気。

『誰かに似てる』

…そう、まるで桃子にどこか似た―――
「………あの」
突然右から声がして、驚いてそちらを向くとあの少年がいた。
目をぱちくりと瞬かせていると、少年はおずおずと本を差し出してきた。
「これ、」
彩が持ってきた少年漫画(学園バトル)の同人誌(オールキャラ・健全ギャグ)だ。
落としたよ、という事らしい。よく見ると、顔が若干引き攣っていた。引いている。
彩は焦った。が、あくまで平静な顔を必死に取り繕いそれを受け取った。
「…どうも」
彩はこういった時、誤魔化す様ににやける癖がある。今もそうだった。
この怪しいにやけっぷり。相手が益々引いているのが雰囲気で分かる。
ああ、いつの間に落としたのだろう!手で持っていたのがいけなかったのか。
きちんとバッグに入れておけば良かった。彩は今更ながら後悔した。
少々妙な気分になった彩は、その場を後にして院内をぶらぶら散歩する事にした。
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