Ryo’s Room

□楽園の扉
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誰かの呼ぶ声が聞こえた 私はそれで目を覚ます

心地良い風に抱かれて 澄んだ空へと舞い上がる

楽園に咲く花 それはまるで粉雪の様に 白く白く

悲しみも苦しみも包み込んで 声は私を導く


”楽園の扉”と題された本に記された、その叙事詩。描かれた絵。
白い部屋でベッドに横たわり続ける私が憧れた、その物語。
どこかにあるのかもしれない―――セカイ。


『ねえパパ、ラクエンってなあに?』
『ラクエン?楽園か………そうだな、綺麗な所だ。色んな花が咲いて、
 色んな鳥が歌って。暖かくて。可愛い妖精や美しい天使達が貴い恋や
 愛を歌う。そこには何でもある。嫌なものは何もない。そんな所だ』
『苦いおクスリもないの?』
『ない。胸も痛くないから要らないんだ。でもどうしたんだい、急に?楽園なんて』
『ほら、この本にのっていたの』
『ああ、この絵本か』
『わたしもこの楽園に行ってみたいな』
『いつか行けるさ。良い子にしていたらな』


もうどこにもいない”パパ”。私には、”ママ”しかいない。
ううん、”ママ”がいないんだわ、きっと。だけど、私の夢の中には”パパ”がいる。
”ママ”は現実にいるけれど、あんな人は”ママ”じゃない。
”パパ”は現実にいないけれど、夢想の中にいる。
”ママノタカラモノ”だなんて、嘘。”ママ”の嘘吐き。


ねえパパ、もう一度お話して?
ほら、ずうっと前に聞いたお話。楽園のお話。私、もう一度聞きたいの。
そう、うん。

ねえパパ、その楽園ではどんな花が咲くの?
赤いの?青いの?黄色。桃色。金色。銀色。素敵ね。とても綺麗。
ねえパパ、その楽園ではどんな鳥が歌うの?
ヒバリ?チドリ?メジロ、モズ、ムクドリ。スズメにツグミ。何て可愛らしいの。
ねえパパ、その楽園では体はもう痛くないの?
寒くても?暑くても?打っても切っても転んでも、病に冒されても。
まるで奇跡のよう、素晴らしいわ。
ねえパパ、その楽園ではどんな恋が咲くの?
私とパパ。波乱万丈?平々凡々?
行き着く先はけれど幸せ。その過程はどれだけ美しいのかしら。
ねえパパ、その楽園ではどんな愛を歌うの?
私とパパ。コーラスにする?それともお互いの独唱?
歌う題目はだけど幸せ。その歌声はどれだけ清いのかしら。
ねえパパ、その楽園では心はもう痛くないの?

ねえパパ、その楽園ではずっと一緒にいられるの?
ずっと。ずぅーっと。
一緒に。私と。パパと。ずぅっと。一緒に。私と。パパ。


私は夢の中で、楽園にいる事もあった。
だけど、ある日を境に楽園が崩壊する事もあった。
その物語は、いつも変わらなかった。


誰かがね、泣いているの。―――それは楽園で蹲る彼女の呟き。
楽園で泣く筈ないわ。だって楽園なんだもの。―――それは奈落で喘ぐ誰かの囁き。
何処かでね、泣いているの。―――それは楽園で空を見上げる彼女の肯定。
楽園で泣く筈ないわ。だって楽園なんだもの。―――それは奈落で地を見下ろす誰かの否定。

空は荒れ、木々は枯れて、花は崩れ朽ち果て。
空から闇が降り、地の底から光が立ち上る。
楽園が地の底目掛けて落下したかと思えば、深淵から耐え難い腐臭と共に奈落の
地獄が浮上した。空間が崩壊し、時間が崩落し、音と光が腐り落ちてゆく。
彼女を優しく包み、或いは鋭く傷つけ、狂気を止め処なく
流し込んでいた楽園幻想と奈落妄想が不協和音を絶叫する。
それは耳を劈く世界の断末魔。 彼女を閉じ込め続けた檻の瓦解。

私は泣いて、目を覚ます。


誰かの呼ぶ声が聞こえた 私はそれで目を覚ます

心地良い風に抱かれて 澄んだ空へと舞い上がる

楽園に咲く花 それはまるで粉雪の様に 白く白く

悲しみも苦しみも包み込んで 声は私を導く

誰かが泣いている それは気の所為?

楽園で泣く筈が無い ここは楽園なのだから


楽園の扉を、”私”は開く事が出来るのだろうか?

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