詩人の詩
□組曲《皇帝》最終章
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*組曲『皇帝』
終幕の踊り*
帝国歴1838年
常緑の月
軍師シゲン改め
国土開発大臣シゲンは、会議室を出ると、行きなれた廊下をやや足早に進んだ。
あの大地震で被害にあった地域の復興は着実に進んでいる。
少しずつ、少しずつ…彼女の描いた未来は近づいているのだ。
階段をのぼり、廊下を進み、見知った扉の前で一息つく。
間違えようもない、軍師として軍に身をおいていた時分、やれ軍議だ家庭教師だと、足繁く通った部屋だ。
いつも通り、二度のノック。
『いるよ。入ってくれ』
のんびりと、あるいは嫌そうに、返事をくれる代わりに、侍女が中から扉を開けた。
「ちょうど、お目覚めになられましたよ」
侍女が一礼して退室し、扉が背後に閉まる音を聞くと、シゲンは寝台の側に置かれた椅子にそっと腰かけた。
「今日の会議も、滞りなく終わりましたよ」
静かに、口を開く。
「ナゼールの仮設住居は全て用意できました…瓦礫の撤去も、進んでいます…近隣の都市からの援助も得られています…」
およそ似つかわしくない笑みを浮かべて、白い手を取った。
「あなたの描いた…みんなで造る国が…歩き出しているんですよ…セレン様」
出窓から、風がそよいで、銀の髪を揺らした。
彼女の瞳は、まっすぐに虚空を見つめている。
「セレン様…」
もう一度、名を呼んでみる
だが、その瞳に彼が映ることはない
「俺は…軍師失格だ…」
シゲンの手が震え、首が項垂れる。
あれほど自信に溢れ、決して下を向かなかった軍師の頭が…
「俺が参謀になったのは…あんたをこんなにするためじゃない…俺が本当に守りたかったのは…!」
『シゲンが俯くなんて…地震でもくるんじゃないか?』
記憶の中のセレンが、いたずらっぽく微笑む。
「セレン様…」
絞り出すような叫びにも、銀の瞳は濁ったまま…光を宿しはしなかった。