詩人の詩

□組曲《皇帝》エピローグ
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*詩人の夢*



とある小さな山村
その酒場


ばらん


ばらん…



琴の音が、小さく、余韻を残して消える

謡い終えた詩人は、ゆっくりと琴から手を離した。


じっとそれを聞いていた男は、グラスを握る手を振るわせ、唇をゆっくりと動かした



「セレン…」


次いではっきりと



「セレン」




靄のかかった頭が晴れるように、彼はその名を繰り返した。




「そう…セレン…!私のセレン…!」





男は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、ふらりとよろけ壁に手をつく。




「私は…彼女をずっと探していたのに…」





『いやだわ…お兄様…ずっと側で叫んでいたのに…気がついて下さらないのだから』


不意に、目の前を空の色が覆う。
その髪は、彼と同じ蒼色の輝きで…


『全く、君も彼女も強情だ…せっかく帰り道を見つけたと言うのに』


豪奢な栗色の揺らめきは、頼もしく、懐かしい




「私は…彼女を一人にしたまま…帰れはしない…!」

首を振る男に、妹は微笑んだ


『お兄様…彼女は、ずっと待っていたわ…お兄様が気づかなかっただけよ…ほら』


妹は、ゆっくりと、後方の木戸を指差した。



きい…


と、きしんだ音を立て、木戸が開く。



その隙間から覗いたのは、銀色の輝き。


まるで光に包まれるように、銀の髪がこぼれる。



男は恐る恐る、手を伸ばした。



「セレン…」


月の女神と例えた美貌が、ほころぶように笑う


「セレン…!」


手指が触れあった。



肩を抱き、固く、抱き合った。



「ノエル」


記憶と寸分変わらぬ声が、耳に懐かしく響く。



「そうだよ…ずっと、待っていたんだよ…迎えに来てくれるのを…」



ああ…そうか…


ノエルは瞳が熱くなるのを感じた



ゆっくりと、その手を握りしめ、彼は言った



「セレン…天使の子…セラ…今…戻りましたよ…」



彼女は、天女のように満面に笑みを湛えると、もう一度しっかりと恋人を抱き締めた。



『お兄様…帰りましょう…』


『ノエル…さあ、あの懐かしい場所へ…』




愛しい腕が、ゆっくりと首筋に絡み、耳元に囁く




「お帰りなさい…ノエル」




ゆっくりと



ゆっくりと…




銀色の光は消えていく






銀色の髪の少女が、空色の瞳から涙の滴に彩られた瞳を開けた。

男は少女の膝に頭を乗せ、満足そうに、濡れた瞳を閉じていた。
まるで眠っているかのように、静かに…



「お帰りなさい…」


少女は、戦い疲れたその空色の髪を、ゆっくりとなぜた。


「お帰りなさい…お父さん…」



幼い日に、母がしてくれたように、慈しむように、ゆっくりと…。





小さな山村の、小さな酒場は、僅かにざわつき始めた。


ただ詩人だけが、最初からいなかったかのように、忽然と消えていた。









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