更に駄文な書庫

□銀月症候群
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子供の泣き声が

聞こえる。

遥か、霞の向こう側

砂と埃の渦を越え

狼の遠吠えを背後に聞きながら


男の長靴が砂利を踏み、ひたと止まった


むせかえるほどの血の臭い

累々と横たわる、戦士達の骸

その真新しい鮮血溢れる肉を喰む、異形の群れ


倒れた男の顔には見覚えがある



皇帝…

呟きは泣き声にかき消される


父母を呼び、泣きじゃくる幼い姫の姿


ふいに顔を上げる


お前がやったのか…

憎悪に瞳を燃やし

つかみかかる

汚れた絹服も、乱れた銀の髪も、埃まみれのミルク色の肌も

全てが輝きを失わぬ

まだ幼女と言っていい年齢にも関わらず

高貴で気品ある格を持つ

私ではないよ

と腕を掴む

戸惑いと、混乱と、焦りが幼女を支配する


おいで…


耳元に囁く


私のところに来なさい
何もかも
私が教えてあげるから


幼女の瞳が宙をさまよい
白い頬が蒸気する

開いた唇から洩れたため息は、幼女のものとは思えぬほど艶めいて



やがて長いまつげが完全に影を落とすと


幼女は男の腕に身を任せた



風は再び彼らを包み


血の臭いを運んだ
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