更に駄文な書庫

□銀月症候群〜難治性〜
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バレンヌ帝国が、反逆者ラジーヌより国を取り戻してからニ年と半年…。



首都アバロンの城下町で、薔薇の花壇に水をやる、壮年の女性がいた。


彼女は、かつて、仲間達と共に戦場を駆け抜けた女戦士であり、勇猛で優しい夫と国を統治してきた皇后であり、謀略により、夫も娘も国も失いながら、仲間達の力添えで娘を取り戻し、皇帝となった娘と共に国を取り返した皇太后だった。

「さあ、こんなものかしら…」


彼女は如雨露を花壇の脇に置くと、こじんまりとした薔薇の庭を見渡した。

色とりどりの薔薇は、どれも丹精されていて、艶やかで美しい蕾をもっていた。

「薔薇たちも喜んでいますわ。ジェシカ様が大切にされているのがよく解りますもの」


赤いローブを纏った女性が、傍らで微笑み、そっと手拭いを差し出した。
それを受け取って、手を拭いながら、皇太后ジェシカは満足そうに頷いた。


「薔薇は私の楽しみの一つだもの…フランクリンと結婚した時に頂いた株を育てたのが始まりで、それからは色々と育てたものね」


「ええ…宮殿の庭は、ジェシカ様の薔薇でそれは見事でしたもの…お留守の間は、このエメラルドが代わってお世話をいたしますから、どうぞご安心下さい」


ローブの女性、宮廷魔術師エメラルドは、微笑んで彼女の手をとった。


「ええ。お願いしますね。エメラルド」


ジェシカが花壇からそっと足を進めると、小さな家の向こうから、濃紺の髪の娘が長身を覗かせた。


「ジェシカ様!馬車が参りました!」


皇室守護隊のディアナが、旅行鞄を手に笑っている。

その向こうには、同じくベリサリウスや傭兵ヘクターの姿も見える。


「はあい。今行くわね」


かつての皇太后ジェシカは、かつての王宮戦士達の元へと、にこやかに歩を進めた。
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