詩人の詩
□組曲《皇帝》前奏曲
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長命種の歴史に比べれば、バレンヌ帝国の歴史は浅い。
千数百年前、一人の若者が、北の未開の地に開いたのがバレンヌ帝国の祖である。
若者は皇帝となり、善政を布き、国を繁栄させた。
彼の息子は、国を守りつつ、周辺諸国を併合し、大帝国への道を開いた。
悲劇は、10代目の皇帝で訪れた。
彼は努力を知らなかった。
才能もなく、親から引き継いだ権力を当然のように行使し、自らを第一に考え、民を顧みなかった。
人心は離れ、暴動、内乱…
やがて、領土であった地方国は次々に独立し、バレンヌは、元の、大陸北西部のアバロン本城と、ソーモンの町を残すまでに衰退した。
それから百年余り。
精悍な顔つきの皇子が、皇帝に即位した。
後の大帝レオンである。
レオンは精力的に改革を行い、何より民の言葉に耳を傾けた。
失った皇室の信頼は、レオンによって取り戻されたと言ってよい。
国内を纏めることに成功したレオンは、まずバレンヌ領内をくまなく回り、モンスターの巣や、危険な場所を虱潰しに駆逐していった。
いずれは、失った領土の回復を夢見ていた彼は、足場を固めることを最優先したのである。
バレンヌは息を吹き返した。
皇室レオンの名は、諸国に轟き、それまで帝国に好意的でなかった国々が、とたんに友好の意を示し始めた。
レオンは、二人の皇子を授かった。
武勇にすぐれた長子ヴィクトール
心優しく、内政に優れた次子ジェラール
どちらも聡明で、父に勝るとも劣らない才能の持ち主だった。
二人の皇子は、仲睦まじく、長子ヴィクトールが皇位を継承したのちは、ジェラールが内政を助け、よりよいバレンヌを築こうと、国の未来を思い描いていた。
ところが
ジェラール皇子が二十歳の頃。
モンスターの討伐に出掛けていた、レオン、ジェラールのもとに、アバロン襲撃の一報がもたらされる。
急ぎ城へ戻った二人を待っていたのは、荒らされた街と、変わり果てたヴィクトールの姿だった。
ヴィクトールは、外傷こそ目立たなかったものの、その命は尽きようとしていた。
最後の力で父レオンに、事の詳細を告げた。
襲ってきたのは、ソーモンの七英雄、クジンシー。
自分たちは応戦し、モンスターは退けたが、クジンシーの技、ソウルスティールを受け、このような事になったと。
ヴィクトールは、程なく力尽き、アバロンは悲しみに包まれた。
その後、怒りに震えるレオンがクジンシーの情報を集めている間に、来客があった。
奇妙な身なりの女は、オアイーヴと名乗った。
彼女がレオンに語ったのは、にわかに信じがたい話であった。
七英雄がもはや英雄ではなく、モンスターの力を取り入れた野獣であること、クジンシーの、ソウルスティールは、攻撃を捨て、見切りに撤すれば、あるいは…。しかし、あれは一撃必殺の技、仮に見切ったとしても、レオンの命は尽き、無駄死にするだけだ…と。
それでは、何も打つ手はないのかとレオンが憤った時、オアイーヴは静かに言った。
一つだけ、方法があると。
それからすぐ、レオンはジェラールと精鋭兵を引き連れ、ソーモンへ乗り込んだ。
ヴィクトール皇子の弔い合戦である。
クジンシーと対峙したレオンは、攻撃を捨て、ソウルスティールのみを凝視した。レオンの目が見開かれたその時、既に彼の体は地に伏せていた。
だれもが敗北を意識したその時、レオンの体が輝き、ジェラールの意識に直接語り掛けた。
ソウルスティールを見切るには、一度技を受けなければならないこと。自分の見切りを伝えるために、オアイーヴが秘伝を授けてくれたこと。
レオンの意識は、最後にこう語り掛けた。
<おまえは、自らの人生を捨て、戦う覚悟はあるか?>
ジェラールの返答がなされると、彼の体はレオンの輝きを受け、光に包まれた。
クジンシーは、輝くジェラールに技を放った、がそれは、虚しく空を切った。
狼狽するクジンシーに、ジェラールはあゆみより、父と兄の仇を、懇親の力を込めて両断した。
そこにいたのは、文弱の貴公子、ジェラールではなく、在りし日のヴィクトールを思わせる、勇猛な青年であった。