詩人の詩

□組曲《皇帝》第五楽章
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セレンはがばりと起き上がった。



「痛…」



節々に痛みが走り、思わず肩を押さえた。



じっとしているとすぐに痛みは収まった。傷は大したことはないらしい。



彼女はぐるりと辺りを見渡した。





石で造られた、堅牢な建物に、彼女は寝かされていた。室内はごく質素で、彼女が寝かされている固い寝台の他には、神殿様の祭壇が一つあるだけで、その祭壇も長く使われてはいないのだろう。神を祀った様子も、祈りを捧げた形跡もなく、小綺麗にされた壇上には、珍しい柄の織物が敷かれ、花瓶には薔薇の花が数本生けてあった。




セレンは舌打ちした。



「そうだよ…イロリナレモンはアバロンまで持ってくると腐っちゃうんだ…」


非常に新鮮で、傷みの早いイロリナレモンを、セレンはつい先日口にし、是非ともアバロンでこれを交易対象にしたいと言ったのだが、前述の通りイロリナレモンは傷みが早く、収穫した次の日には腐っていることもあるという。アバロンまでの道のりを越えて来るのは不可能だと言われて断念したばかりではないか。




だんだんと記憶が甦り、砂漠で流砂に足をとられ、蜃気楼の湖に落ちそうになったことを思い出した。



そこからはどうにも記憶が途切れているが、薄れる意識のなかで、確かに剣や鎧の音を聞いた。


そもそも、布団までかけられて寝かされているのだ。確認すると、剣帯や肩当てなどは脇に立て掛けてあり、誰かが彼女を連れてきて介抱したことは明白であった。




彼女はゆっくりと寝台を降りて、傍らの剣に手を伸ばした。



状況のわからない今、武器を持たないのは心もとない。




「そのように構えなくても、取って食うような真似はしませんよ」



横合いからかかった声には聞き覚えがあった。



心臓がはね上がった。



嫌な汗が流れる。



セレンはやっとの思いで顔を上げた。



半ば予想していた通りの人物が、長い外套を羽織ったままこちらを見て薄く微笑んだ。
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