駄文置き場

□夢路より
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第一章 おお運の女神よ

皇帝セレンが即位してわずかに10日。

セレンは、母ジェシカ皇太后より命を受け、普段あまり使うことのない宝物殿より、『魔石の指輪』なる装飾品を取ってくる事になっていた。
聞けばその指輪には、不吉な言い伝えがあり、身につけた者の周りの人間の生命力を吸い取って光り輝くというのだ。
現実的な者は、そんな馬鹿なと笑い飛ばすが、あながち嘘でもなく、歴代の所有者は、あまり家族や仲間に恵まれず、寂しい余生を送った者が少なくない。
ただし、大帝レオンの血を引くものは例外なようで、今まで家族や仲間に次々と先立たれた、という噂や記録は残っていない。


セレンは、レオンの血を僅かながら引いている。亡き父フランクリン帝の父、つまりはセレンの祖父は、レオンの第二皇子ジェラールの玄孫に当たるのだ。
そんなわけだから、他の部下に取りにやらせるよりも、よほどセレンが行くのが安全だと、使わされた次第なのだ。


セレンは宝物殿が大好きだった。まさに宝石箱、ワクワクするような物が溢れていて、訳の分からない物の用途を考えるのも楽しかった。子供のころは、よくヘクター達と探検隊を組織しては色々なものを壊して、世話係のリリーやシリウスの元々皺深い眉間に、新たなシワを刻んだことも一度や二度ではない。


「それでお前がいるのか?シゲン」
明らかに機嫌が悪いセレンだが、それよりも、普段より余計にシワを刻み込んだ仏頂面が苦々しく言葉をはいた。
「そんな理由で呼ばれたなら、昔に戻ってどこかの姫君の尻をひっ叩いてる所ですがね」
軍師シゲンは無精ひげの伸びたあごを左手でかいた。
ヨレヨレのローブに、手入れされていない、いい加減に切りそろえた髪、何日か大学に泊まり込んだに違いない。
彼が、皇帝やバレンヌを幾度も危機から救った天才軍師であることは、にわかには信じがたい身なりをしていた。
「俺は指輪が見つかり次第、石の成分を調べて報告しろと言われてます。」
「ずいぶんと唐突だな?なんでまた」
形よい顎に指を添える姿は、見てくれだけなら「バレンヌの百合」だ。
「夢を見た、と仰せでした。どうにも気になる夢だからと」
「母上は私には何も仰らなかったぞ」
それはそうだ、と、シゲンは朝方ジェシカに言われたことを思い出した。


ジェシカは、セレンが暗い地の底に落ちていく夢を見たのだといった。妙に現実味を帯びた、いやな夢だったと。
自分はすでに一線を退き、娘の力にはなれない。自分の代わりに娘を守ってくれるものはないかと。効果のほどはわからないが、魔石の指輪の魔力は彼女に有益であろうかと白羽の矢が立ったわけだ。

「親の心子知らずとはこのことだな」
聞こえないように呟くと、宝物殿の最奥、最も厳重に鍵のかけられた扉の前に立った。
シゲンは王家の紋の前で指を組み替え、複雑な印を結と、扉の封印を解いた。
「ここの封印をしたのが俺だからってのも付いてきた理由のひとつです」セレンが鍵穴に鍵を差し込むと、乾いた音を立てて鍵が開いた。

やや黴臭い扉の奥に、二人は進んでいった。
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