☆Pandora Hearts☆

□風邪ひきで10のお題(1〜5)
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1. 声変わり






 外から戻ってきた俺が廊下を急いでいると、いきなり後ろから蹴飛ばされた。

「なぁ、レイヴン。
 貴様はもう『声変わり』とやらはしたのか?」

 アリスだった。
 言っても聞かないからもう言わないが、まず人にものを尋ねる前に、その邪魔な足をどかせ。これじゃあ、立つこともできないだろうが!

「………、ビーラビット。
 立ちたいんだが、いいだろうか?」
「まぁ、いいだろう。ほら、たったら私の質問に答えろ」
 どこまでいっても上から目線の態度に苛立ちを覚えたが、眉を顰めるのみにとどめる。
 正直に言うと、時間が惜しいんだ。
 こんなバカ女に構ってないで、一刻も早くオズに報告をしないと……っ!
 ………だが、何故声変わりのことを聞くんだろうか?まったくもって、意味がわからない。
 
「声変わり、……か。
 そうだな、とっくの昔にすんでいるが、それがどうした?」
「オズの声がいつもと違ってたから、ブレイクに聞いたんだ。そしたら、声変わりじゃないかと言われてな」

 その瞬間、比喩ではなしに目の前が真っ白になった。
信じられない。
まさに、その一言だった。
呆けたように半分開いた口元に、自然と手を持ってくる。
……………ショックだ。

どうやら眼前では、アリスがそうか、そうかと頷いでいるようだったが、そんなものが気にならないほどにショックだった。

「………声変わり、を、したのか?オズが?」
 尋ねる声も動揺を抑えることが叶わずに、途切れ途切れになる。
 あとでそのことを情けなく思うかもしれないが、今はこの衝撃に勝るものなど存在しない。
 そう、声変わりをしたということは、オズのあの声が聞けなくなるということなんだ。
 十年もの間、求め続けていたあの魅力に溢れる声が聞けなくなってしまうんだ!
 これは重大な事件だ!!

 ………………いや、ちょっと待て。
 確かに俺にとっては重大かつ見逃せない問題なのだが、これはオズにとっては喜ばしいことなのだろうか?
 声変わりといえば、わかりやすい成長の目安だ。
 これだけで少し大人になったような気分になったものだし。
 そうだ、オズにとってはこれは喜ばしいことなんだ!!
 …………ならば俺にはとやかく言えないし、そんな権利もない。ここは盛大に祝ってやるのが正しい。
 まぁ、ショックなのには変わらないが、俺のそんな小さな感情などはオズの喜びの前には塵に等しい。
あぁ………、もうあの声変わり前の独特の声が聞けなくなるのかと思うとさみしさを拭えないが、過去にとらわれるばかりでは未来を失ってしまうだろう。

 そう、声変わりが何だ。あの声が聞けなくなることが何だ。かわりに、大人の声になったオズの声が聞けるんじゃないか!

 そうやって前向きに考えると、段々と前の前が明るくなってきた。
 あぁ、そうだ。最初からショックに思うことなんてなかったんだ。
 暗くなっていた気持ちを浮上させると、幾分穏やかになった声で俺は呟いた。

「……そうか、声変わりか」
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