球児と夢
□至近距離で投下
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最近になって知ったのだけど、泉孝介という男はモテるらしい。
「おかえり、早かったね」
「ん、まーな」
教室に戻ってきた彼が、がたん、とぞんざいに座るのは、私の隣。
先日の席替えで、この並びになって初めて私は、泉に想いを寄せる女子が何人もいたことを知った。
「泉って、彼女いんの?」
「いや、いねー」
「じゃあなんで、そんなバサバサ振ってんの?」
そして今のところ、誰の告白も上手く実を結んでいないらしいということも。
すると泉が、嫌そうにこちらを睨んだ。
「そんなこと、なんで阿須野が知ってんの」
「友達に聞いたー」
「誰、それ」
「なーいしょ。女子の情報網をナメちゃいけないよ」
ふふん、と笑うと、こえー、と首を竦められる。
あまり興味のなさそうな反応に、私はかえって少し調子に乗った。
「あー、彼女がいなくても、好きな相手はいるんだ?」
ぴっと両手で指差したら、返事の代わりにじろりと睨まれたので、慌てて明後日の方を向く。
やば、完璧にニヤけてる私。だって楽しいんだもん。
「どーせ、お前はいないんだろ?」
「それは神のみぞ知るなんとやらです」
「自覚してないなら、いないも同然じゃねーか」
くそぅ、鼻で笑ってくれやがる。
みんな、こんな男のどこに惚れるんだ。
泉の貴重な良いところを見つけてくれた女の子たちのことを、彼はもっと大事にするべきだと思う。
「せっかくなんだから、付き合ってみたら良いのに」
ぼそっと言ったつもりだったけど、泉は「あァ?」とガラの悪い相槌を打って、面倒臭そうに身体ごとこっちを向いた。
「なんなんだよ、うぜーな急に」
「だって、もったいなくない?」
「は?」
せっかくの高校生活に、華が向こうからやってきてくれてるのに。
私から見れば泉は、ばきぼきと無感動に、花という花を手折っているようなものだ。
「可愛い子だっているでしょーが」
「…お前、好きでもない奴から告られて、嬉しい?」
真面目な顔をした泉が、前屈みになりながら、小声で尋ねてきた。
ありゃ、やっぱり好きな子がいるのか。
私は残念ながら、彼みたいにモテた経験がないから、今の質問には答えない。
「好きだって言われて初めて意識することも、あるかもしれないじゃない?」
同じように前屈みになって、膝を突き合わせるように顔を寄せる。
机と机の間はそんなに離れていないから多分、周りには2人が何を話しているのか分からないだろう。
「そこから始まるなにかだって、あるかもしれないよ?」
そう言って首を傾げてみせたら、一瞬眉間を寄せた泉が、ニヤリと笑った。
「ふぅん。じゃ、試してみる?」
至近距離で投下
俺、お前のこと 好きなんだけど
Fin.
20110823.with Izumi/教室で告白