球児と夢

□勇気を試す
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「あーもう、どうしてこうなった!」

そわそわと落ち着かない私は、もう何度目かしれない台詞を繰り返した。
頭のタオルに手をやる花井は、いい加減呆れているのかもしれない。

「落ち着けって、何も出やしねーから」
「出てたまるか!あ、花井、霊感とかないよね?」
「あ?あぁ、多分」

違う。本当は、脅かし役とかいないよね?と聞きたいのだ。
でも、それを耳にした面白がりな奴らがうっかり、それって面白そう!とか気付いちゃったら困るので言わない。
いないことを願う。ひたすら祈る。
大丈夫。だってさっき、全員でペア決め順番決めしてたし。みんなどんどん出発してるし。

「大体なんで、高校生にもなって肝試しなんてやらにゃーならんのだ!花火だって言ってたよね!?」
「そりゃー、ちゃんと話を聞いてねー阿須野も悪ィよな」
「ぐ…っ」

まさか花火は、肝試しが終わった後だなんて。
こんなことなら、何か理由をつけて遅刻してくればよかった。
1組、また1組と、鬱蒼と茂る森へ消えてゆく。
ルートは一本道らしい。知ってる場所のはずなのに、上手く景色を思い出せない。

「…お前さ、もしかして」
「阿須野、怖いんだろー!?」

そっと覗きこもうとしてくれた花井を遮って、ひょいっと顔を出したのは、満面の笑みを湛えた我らが4番。

「お、おい田島っ」
「あぁ、そうだよ悪いかっ!怖いんだよこのやろうっ」

珍しく開き直った私にか、気まずくて悪くなった口調に対してかは分からないけど、田島が驚いたように目を見開いた。
でもそれも一瞬のことで、にかーっと楽しげに、顔いっぱいで笑う。
何がそんなに可笑しいのか、それはそれは面白そうに。

「だーいじょうぶだって!阿須野は花井とペアだろ?花井は阿須野を置いてったりしねーよ!」

なっ!と水を向けられて、お、おぅ!とどもりながら花井が答える。
そんなことは初めから心配してなかったんだけど、確かにその点、彼は安心のパートナーだ。

「よろしくお願いしますー」
「あ、こちらこそ」

ぺこりと改めて頭を下げ合う私たちを見て、田島がげらげら笑う。
すると向こうから田島を呼ぶ声がした。

「あ、やべっ。じゃあ次俺らだから、行ってくんな!」
「いってらっしゃーい、気を付けてー」
「阿須野もなー!」

ぶんぶんと手を振って、そのままダッシュで出発した。
うわぁ、とか見送っている場合ではない。
何を隠そう、次は最終組、私たちのペアだ。

「なんでよりによって、最後かな」
「別に順番なんて、関係なくねーかぁ?」
「あるよー。後続がいることの安心感が分かんない?」
「いや、さっぱり」
「いざとなったら、待ってれば合流できる」

えへん、と偉そうに言ったら、ぶっと吹き出された。

「おま…前向きなんだか、後ろ向きなんだか、わかんねーな」

彼が笑うとき、手で口を隠す、その仕種はちょっと好きだ。
だからちょっと嬉しくて、怖い気持ちとかちょっと忘れてたのに、そんな時間はあっさり終わる。

「おし、じゃあそろそろ俺らも行くか」
「…へーい」

暗い道に入るとき、花井はちらっと私の足元を気にするような視線をくれた。
あぁ、確かに田島の言った通り。

「さすがはキャプテン」
「はぁ?」

えへへ、と笑う余裕があったのは、しかしそこまでだった。

思ったより道が暗い。
自分の鼓動が煩い。全身に血が巡っているのがわかる。
花井はこの暗さも平気なようで、心持ちゆっくりではあるけど、歩を止める気配はない。

「…大丈夫か?」
「うん、いや、なんとか」

ダメって言ったらどうするんだ。お化け屋敷みたいに、非常逃げ出し口なんてないんだぞ。
そう思いながら必死で歩いていたら、花井は苦笑したみたいだったけど、それ以上はツッコまないでくれた。

そして私は今、猛烈に彼に掴まりたい。

変な意味じゃなくて、とにかく、手が空いてるのが不安なのだ。
いざというとき、すがれる何かが欲しい。手すりでも杖でも何でもいい。武器でもいい。
いやそうじゃなくて、私は隣にいるキャプテンに頼りたい。

「…っ」

緊張して声が出ない。
了解を取るのは諦めよう。黙って手を借りよう。
でも彼女でもないのに、いきなり腕組んだりしたらマズイかな?嫌がられたらショックだな。
けどそれなら、手を繋ぐのだって何だって、嫌なものは嫌だよね。

うーん、やっぱり、嫌われたくはない。

「…ぅお、え、なに?」
「いや、つ、掴まりたくて」

色々思い悩んだ挙句、Tシャツの裾を掴んでみた。
例えばこれで、相手が田島とか三橋くらいだったら、肩でも掴んでいくんだけど。
生憎、彼は私より随分と背が高い。

「いや、えーっと、あぁそっか、あー」

立ち止まって、ぐるぐると考えるように、花井が視線を泳がせる。
うーん、やっぱり嫌がられてるのかなぁ。でも今の私は、結構必死だ。

「嫌だったらごめん。でも、掴まらせといて頂けると大変助かるんだけどダメかなやっぱり」
「いや、いーんだけど。こっちでもいーか?」

そう言って私の手をやんわり解くと、そのまま軽く握ってくれる。
え、なに、マジでか。

「ヤだったら言えよ」
「嫌じゃないっ」

ふるふるっと頭を振ると、「そか」と小さな声が降ってきた。
花井の大きな手が、じんわりと温かい。

「んじゃ、もうひとがんばりな」
「お、おうっ」

空いた手でガッツポーズを作ると、花井も反対側の手を伸ばして、ごつりと拳をぶつけてくれた。
なんだこれ、めちゃくちゃ心強い!

…いやまぁもちろん、そう思ったのは、その瞬間だけなんだけど。
でもさっきよりは、随分落ち着いた。当人比3割増くらい。

しかし相変わらず、がさり、と葉っぱが鳴る度、肩が跳ねるのは抑えられなかった。
我ながら過剰反応しすぎている。
びくびくしすぎて疲れてきた。

はぁ、と息をついて、ふと隣を見上げたら、同じタイミングで花井が明後日の方を向く。
何かあるのかと思って、視線を追おうとして、彼が口元を手で覆っていることに気付いた。

「ちょっと、何笑ってんの!」
「は?笑ってねぇ…」

繋がれた手を引っ張ると、訝しげな目を向けたくせに、次の瞬間、やっぱり吹き出した。

「ほら、笑ってる!」
「いやいやいや、これは、その、わり」
「謝りながら笑うなっ」

自分の声が上ずるのを感じて、誤魔化そうとすると声が大きくなる。
なんだか恥ずかしくなってきて口をつぐむと、周囲の音が気になってしまう。
もう悪循環だ。どうにもならない。

「あぁ、こーいう…」

不意に花井が、ぼそりとなにか呟いた。

「―――ぇの、」
「え、なに?」

でも、その低い声が上手く聞き取れなくて、見上げると、ぱっと勢いよく顔を逸らされた。

「なんでもねーっ」
「んもう、なんなの」

訳が分からない。もう良い。
そんなことより、まだ半分も来ていない行程の方が、私にとっては大問題だった。
一刻も早く、こんなところから抜け出したい。

「あぁあ、もう、早く行こ!早く帰ろ!」
「はいはい」

ぐいぐいと引っ張る私の手を、柔らかく握り返してくれるのを感じてふと、今一緒にいるのが花井でよかったなぁ、と思った。
但し、これを言うのは、無事にゴールまで付き合ってもらってからだ。
このときはまさか、先に戻った奴らがわくわくしながら脅かし役に転じているなんて、思いもしなかったのだけど。



 勇気
 可愛いとこも、あんじゃねぇの



Fin.

20110824-0906.with Hanai/肝試し


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