球児と夢

□ひなどりフーガ
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昼休みまであと1限、の休み時間。
隣の席から不意に、なんか食いもん持ってない?と聞かれて、ない、と即答した私に、田島はげらげらと爆笑を返した。

「いつだって私が田島のために、なにか持ってると思うなよー」
「え、俺ちょっと思ってた!」

なんだそれ、ふざけんな。
でもここで残念そうな顔をしていないのが、良い意味でも悪い意味でも、田島らしい。
だから今の『ふざけんな』は半分以上が、彼の懐っこい笑顔で全部許したくなってしまった自分に向けてのものだ。

「じゃあ今日は特別に、俺がやるよ」

ちゃららちゃっちゃら〜、なんて歌いながら田島がポケットから飴を引っ張り出した。
ちょっと包装紙がくしゃくしゃになってしまっている。
いつから持ってたんだ、それ。

「なんだ、自分で持ってんなら聞かないでよ」
「ちっげーよ、あっちでさっきもらったの。2コくれたから1コ持ってた」
「なら田島が食べなよ」
「けどさー、俺も阿須野になんかあげたい」
「は?」

そんな簡単に、誰にでも餌付けされるのはあんただけだよ。
そう言おうと田島の顔を見たら、あまり笑ってなくて、咄嗟に言葉を飲んだ。
というか、困ったように「うぅう」とか唸っていて、ちょっと可愛い。

「じゃあ気持ちだけもらっとくわ。ありがとー」

我ながら、随分大人びた言葉が出た。
自然とそんな気持ちになったんだから、私も高校生になって大人になったんだろうか。
なら嬉しい。そりゃニヤけもする。

一方の田島は、ちょっと考えるような間があってから、にかっと笑った。
それがいつも通りの笑顔に見えて、何故か少しだけほっとする。

「わかった。今度ちゃんと、俺が買ったもん持ってくる」

そういう意味ではなかったつもりなんだけど、言われてみれば、そういうことだったような気もした。

「えー?良いよ別に、そんなわざわざ」
「だからそれまで、阿須野は誰にも餌付けされんなよ!」

…だから、そんな誰にでも簡単に餌付けされるのは、あんただけだっつの。

「はいはい」

しかし私のぞんざいな返事にも、彼は満足気に笑う。
多分私はいつも、これが見たいのだ。

「わかったから、早くなんか持ってきてよね」
「まかしとけ!!」



 ひなどり
 力いっぱいの笑顔に、思わず吹き出した



Fin.

フーガ=遁走曲
20110825-28.with Tajima/餌付けU


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