choco→candy

□2/14.night
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「おっつかーれさっま〜ぁ」

ボーイソプラノが、暗がりで明るく跳ねる。
だが、半ば予想していた事に加え、先ほど言葉を交わした人物の様子を思い出していた零一は、薄い反応しか返さなかった。

「おぅ。お前は疲れてないだろ、秋」
「やだ、ゼロイチが意地悪だ」
「ゼロイチって呼ぶな。事実を言ったまでだ」

歩く速度を全く落とさない零一に、自然な動きで秋が隣に並ぶ。
歩調に合わせて、ふわふわと泳ぐ猫っ毛を見下ろしながら吐いた息が、2月の夜道に白く煙った。

「家には上がらせねーぞ」
「うん。今日はちょっと寄っただけだから、すぐ帰るよ」

にこり、と懐っこい笑顔で見上げられて、慌てて視線を外す。
その隙に、右手が引っ張られた。否、右手に持っていた、ビニール袋を覗き込まれていた。

「お、ちょっこれーと!何なに、店長からのお情け?」
「ちげーよ、見んな」
「え、違うの?じゃあお客さんにいる、ゼロイチのファンとか?」
「んなもんいるかよ」
「いやぁ、分かんないよねー。コンビニ店員に、心密かに想いを寄せる1人の少女。なかなか勇気の出せない彼女の、唯一のアピール方法は、彼のレジに日々並ぶことであった…!」

とかさぁ、と楽しげに笑って、人差し指をくるりと回す。
どこかで聞いたような話だが、件のチョコレートをくれた相手は、客ではないし、そういうタイプでもないように思う。

「てか、その話だと結局、チョコレートなんて渡してないんじゃねぇか?」
「お、さすがゼロイチさん。目の付け所が違う」
「うるせーよ」
「で、実際のところ、どーしたのさ」

歩きながら、ひょい、と器用に前傾姿勢をとって、わざわざ顔を覗き込んでくる。
う、と思わず詰まると、秋が軽く笑って身体を起こした。

「相手は同じバイト仲間の女の子、とかなんでしょ?」
「……」

無言が肯定になっている。
ふふ、と秋が嬉しそうに目を細めた。

「期間限定特大チロルに、大量のうまい棒チョコレート味。質より量?ゼロイチにはぴったりだね」
「喧嘩売ってんのか」
「ゼロイチに買うお金があるなら、考えても良いけど」

挑戦的に顎を引いて見せたが、それは一瞬だった。
大体、わざわざ金を払って喧嘩を買うなんて、馬鹿げているにも程がある。

「今のコンビニってさ、お給料日、15日とか?」
「…いや、20日」
「あ、そっか。15日だと日曜だから、繰り上げて昨日になるもんね」

うんうんと秋は納得しているようだが、零一には意味がさっぱり分からない。

「だから何だ」
「ゼロイチ、そろそろ厳しいデショ?だからじゃない?」
「だから、」

もう1度同じ台詞で問い掛けようとしたが、秋に右腕を軽く引っ張られて止めた。
見下ろすと、そこには袋いっぱいのチョコレート。

「ゼロイチが想われていて、友達の僕も嬉しいです」
「はぁ?てゆーか、ゼロイチって言うの止めろっつって」

すぐ隣から聞こえていたハズの声が背後に遠ざかるのを感じて、零一がはたと立ち止まる。
振り返ると、秋がひらひらと片手を振っていた。

「今日は僕、ちょっと寄っただけ、って言ったでしょ?」
「あ、あぁ」

気が付けば、零一の自宅はもう目と鼻の先だった。

「じゃーね、ゼロイチ。ごちそうさま」
「は…っ?」

ひらり、と秋が反対側の手も挙げる。
そこには、うまい棒チョコレート味が1本。

「だ、てめ、返せ…っ!」
「やだぁ、独占欲の強い男って、嫌われるよ?」
「ふざけんなっ!!」

追い掛けようと、足を出しかけたタイミングを計ったように、秋がうまい棒を投げて寄越した。
咄嗟に両手を出して、片手が荷物で塞がっていることに焦っていると、微かに秋の笑い声が響く。
何とか無事にキャッチしたうまい棒に、胸を撫で下ろして、ようやく顔を上げた頃には秋の姿は見えなくなっていた。

「…ったく」

誰にともなく独りごちて、うまい棒を袋に戻す。
“差し入れ!”と袋を押し付けられて、呆気に取られている間に、逃げるように帰って行った相手の顔がよぎった。
秋の台詞ではないが、質より量のこれは、純粋に嬉しい。
だが、あんな渡され方をしたら、何かあるのかと訝しむのも当然だろう。

「…ま、大丈夫なんだろーけどな」

秋じゃあるまいし。
そう無意識に呟いた自分の言葉に、思わず眉をしかめる。
とりあえず、家に入ったら有難く、1つずつ食べてみようと思った。


to be continued...

状況説明ばっかですみません。何しに来たんだ秋くん。
20090220+0226/01andAKI


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