しょーせつ7

爛れる
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塩酸をぶっかけられた僕は、否応無しに身を縮め、痛みが去るのを待つしかない。
彼は傷つく僕を慈しむような眼で見つめるだけだ。
「君さぁ、なんでそんなに塩酸かけてくんの」
「塩酸は俺の武器だからな」
「マグネシウムリボンの気にもなってよ」
ただ、塩酸に身を焼かれるだけで抵抗もできない、馬鹿正直の気にもなってよ。
彼は自虐的な表情をして、床に座り込んだ僕を立ち上がらせた。
未だ僕の心中は荒れ、生理的な涙が頬を伝う。
「分からないんだよ、塩酸を捨てれば自分がどうなるか」
両手で頬を挟まれ、強制的に上を向かされた。
涙が彼の手で弾け、手首を伝っていく。
その様はつい最近授業でやった化学の実験みたいで、酷く滑稽だ。
「塩酸を手放せば、弱くなるかもしれない」
お前みたいに、と呟き、彼は俺に倒れ込むように身を預ける。
その衝動で机についていた僕の手が並べられた試験管に触れたらしく、机から落ちたそれらは粉に砕けた。
寄りかかる彼の体は言動や雰囲気からは想像し難いくらい温かくて、どうしようもなく人間だった。
僕は背中に手を回そうかと悩んだけど、きっと離す時辛いだろうからやめた。
「俺にはお前みたいに弱くて、馬鹿正直に傷ついてくれる奴が必要なんだ」
彼が囁くと、また強烈な塩酸に晒され身を焼くような痛みと苦しみに苛まれた。
僕はぼんやりと、この痛みからは逃れられないんだろうなぁと思う。
きっとこれからも。


塩酸マグネシウムリボン
(嘘吐きと正直者)


塩酸が底を尽きるまで、ずっと。




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