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□花より、団子
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この季節。
一番綺麗な物と言えば、言わずもがな、桜だろう。
桜の木は、とても美しい桃色を湛え、白を湛え、風に吹かれて散り行くときも、優雅な風情ある趣がある。
満開に咲く、花々を見ているととても心地よくなる。
だから、人々は花を愛でつつその雰囲気に浸るのだ。



そんな、花見のシーズン。

そんなシーズンが、此処アリス学園にも到来していた。




【花より、団子】




アリス学園の桜は、一般的な桜とは訳が違う。
とてつもない巨木の上に、とんでもないほどの花をつける。
それが、学園の至る所で咲き乱れ、風に揺られているのだ。
まさに、その姿は圧巻であり、何物にも変えがたい情緒がある。
風に吹かれて散り行く花の花弁は、この時期、まるで季節外れの雪のようにも見える。
さらさらと、降り続ける桜は、桜本来の香りを運び、更にこの美しさを湛える。
何よりも、その光景が人々の心を打ち、この時期桜の花がよく見える、セントラルタウンへの街道は、花見目的の人々で溢れ返ってしまうのだ。

「…綺麗だね」
舞い散る桜を見ながら、ポツリと呟いた声。
流架の、その声に、隣に立っていた棗も、「そうだな」と小さく頷いた。
二人が今、いるのは、セントラルタウンへ続く街道ではない。
あそこは人が多くて、ゆっくり出来る場所ではない。
今二人がいるのは、森の奥。
小さな泉の畔。
ここに、一本だけ、咲き乱れる小さな桜の木がある。
誰も知らない、二人だけの秘密の場所。
森をよく知っている二人だからこそ、知ることの出来た、場所だ。
「違うよ」
「ぇ?」
「俺が綺麗だね、って言ったのは、棗のこと」
うっすらと微笑んで、振り返った流架の表情は、本当に愛おしい者を見るように、優しさに溢れている。
「な…に、馬鹿言ってる」
思わぬ言葉に、棗は顔をかぁっと赤くさせ、恥ずかしさに揺れて、その目を伏せた。
桜の花びらに、吹かれる黒髪。
相対する美しさが、共に引き出されて、更に更に美しさを引立たせる。
「だって、本当なんだもん」
深く笑みを零せば、愛おしい瞳が、唇が「ばぁか」と伏せって、流架は、更に愛おしさがこみ上げてくる気がした。
この、美しい景色にも負けないほど、何て愛おしい存在なのだろうか。
そう、心の底から思うほど、目の前にいる人が大好きだ。
ふと、見上げた先を、花弁に塞がれて、また視界に映った君を、更に愛おしく思った。
赤く麗しい唇に、思わず心の奥がざわついて、不意に棗の唇を、奪った。
「んっ…!」
思わぬ事に反応の遅れた彼は、触れた唇が離れても、呆けて、そして直ぐに理解して、目を丸くした。
「なっ…!」
「へへ、奪っちゃった」
「な、何が奪っちゃっただッ」
唇を片手で覆い、瞳を揺らす棗の手を引っ張って、もう一度顔を寄せる。
ざぁ、っと吹く、風。
花弁がゆらゆら、降り急ぐ。
「もう一回、してもいい?」
香る匂いは、きっと、桜だけではない。
君の、髪の匂いも、甘い誘われるような匂いも、する。
「…訊くな、いちいち…」
「だって、棗がいやなら、したくないもの」
そう言って、顔を更に近づければ、棗の瞳が遠慮がちに、瞼を閉じた。
「好きだよ、棗」
細い声で囁いて、震えた身体を抱き締めて、そっと唇を重ねれば、ふと桜の味がした。
「ぁ」
唇を離せば、二人の間に舞い散った、桜の花弁が顔を出す。
「…今の、これの味か」
張り付いた花弁を剥がして、二人は「ぷっ」と笑いあう。
「ふふ、凄いね、今の」
「なかなか、ない経験だな」
キスの間を縫うように、桜の花弁が入り込むなんて。
「神様の悪戯かな」
「…かも、な」
仰ぎ見る先の桜に、どことなく笑われた気がした。
ざぁざぁと、鳴る風に、魂を揺さぶられた気がした。

赤い瞳が。
黒い髪が、どうしてこんなにも。

桜と合うと思えよう。
きっと、君だから。






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