TEXT〜Others〜

□Cherry
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 −−あれから何年の月日が流れたのだろう。
 暗い地下道をひたすら歩き続け、やっと辿り着いた場所での静かな暮らし。再興途上故の多少の不便さは逆に、自
分自身を甘やかす事とならずに済んでいる。
 もうずっと何も変わらない日々。
 いつもの様に起きて、いつもの様に仕事へ行き、いつもと同じ道を通って帰ってくる。そんな日々。
 ふわり、ふわり。いつもの帰り道。目の前を過ぎる薄桃色の花びら達。
 「桜・・・咲いてたのか・・・」
 とても穏やかに、でもずっと独りきりで過ごしてきたから。視線はいつも足元で、空を見上げることも無かった。
 久々に見渡した世界は広く、目の前一面を埋める桜の並木。風で舞う花びらは幻想的で、今なら何が起こっても不
思議じゃない気さえした。
 だから。
 だから、その鮮やかな木立の中に見えるあの姿は。
 きっと悪戯に桜の花びらが見せた幻なんだろうと思った−−− 


 「?」
 淡い色の中に紛れている、およそこの風景には似つかわしくない風貌。とても見覚えのある黒尽くめの姿は、春の陽炎
がぼんやりとその輪郭を曖昧なものにしていて、現実か否かも分からない。
だたひとつ、薄い桜色の中に、一際輝く赤い瞳だけがハッキリと見えているだけだ。
 「・・・っ?」
 急に腹部から鈍い痛みが起こり、思わず手を当てて思い出した。小さな金属は、今でもそこに存在している。
 −−所有物−−
 確かにそんな呼ばれ方をしていた、遠い過去の証。 黒い影が1歩、また1歩近付くたびに、痛みは確実に増してゆく。
 それは恰も所有者を待ち侘びていたかのように。
 「・・・アンタ・・・生きて・・・たの、か?」
 声を掛けたら消えてしまうんじゃないかと、恐る恐るの問い掛けが散り落ちる花びらを伝う。夢じゃないなら、幻じゃない
なら、何でもいい、早く声が聞きたかった。
 「・・・シキ・・・?」
 返事を待つのがもどかしくて、伸ばした指先が微かに触れる。人肌の温かさがじわりと滲み、ホッとして下ろそうとした腕
を不意に摑まれた。そのまま勢い良く引かれてレザーの胸元に辿り着けば、まるでそこがあるべき場所であったかのような
安堵感が体中を満たす。
 淡々と、規則正しく刻まれる鼓動。
 「・・・どうやって生き延びた?」
 久しぶりに聞く低い声が頭上から降り注ぐ。どんなに空白の時を経ても、どんな困難を乗り越え再会したとしても、多
分決して変わらない声音。こんな時でさえ、微塵の愛しむ気配すら感じさせてはくれない。
 「・・・源・・・情報屋のオッサンが地下通路を知ってて・・・何かあったらそこから逃げるように教わってた。・・・抗争が始まって
  も誰も捕まえられなくて・・・地下の通路を歩いているうちに誰かに会うんじゃないかって思ってたけど・・・」
 その先には誰も居なかった。
 長く長く寂しい、独りきりの世界が待っているだけだった。
 「アンタは・・・・・・殺しても死なないか」
 赤い瞳を見上げる。ぶつかる眼差しは氷のように冷たい。
 「−−−」
 馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに眇められる目と、皮肉に歪む口元。逸らされる寸前に両手で捉え口付けた。
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