TEXT〜Others〜

□Endless rain
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 掛けられていた疑いが晴れるや否や、源泉は俺を連れて日本を出た。ジャーナリストとして本格的に仕事をする為に、
自分達の知らない所で起こっている悲劇を知ってもらう為に、世界各地を回って写真を撮り言葉を聞き真実を伝える。
 表向きは、だ。
 本当はきっと、もっと単純で−−

 あの街と似ている。この安いアパートメントに入った時、一番最初にそう思った。撮影取材の間の為だけに借りる、保証
人も何も必要としない古アパート。必要なのは日払い制の安価な家賃と身を守る術だけだ。
 『まあ、あまり良い眺めじゃないが、暫くの辛抱だ。すまんが我慢してくれ』
 入居当日、こんな風に窓から外の景色を見ていた俺に、源泉はそんな事を言って苦笑いしていた。3階建てアパートの
最上階角部屋。平部屋よりも窓ひとつ多い分、かび臭さも埃っぽさも多少は軽減されている気がする。
 窓ひとつ、の割りには平部屋に比べると家賃が馬鹿に高い気もしたが。
 見下ろす街の景色は混沌、言わばスラム街だ。貧困と暴力と絶望と狂気と−−その中のほんの微かな幸せと。
 そんな景色に似ている街に居た自分には、この部屋の埃っぽさなど取るに足らない。血の臭いがしないだけ、まだマシだなんて
思える。この街はあの場所に似ている。
 −−あの笑顔を残してきた、トシマという死の街に−−
 「・・・ん?」
 路地にたむろしていた女子供が、バタバタと広げた洗濯物などを取り込み始めた。次第に濃くなってゆく灰色は、朝から
のどんよりとした空から落ちてきた雨粒。まともな舗装もされていない路地は、たちまち濁った小さな流れを作り始めた。
 猫の仔一匹見えなくなった、閑散とした街並み。途端に漂い始める死の匂い。窓を叩く雨音が直接耳の中に流れ込
んできては、フラッシュバックする記憶に眩暈を起す。
 チカチカと途切れ途切れに。出来の悪い素人映画のような映像は、喜び、怒り、悲しみ、微笑み・・・少しずつ消えて
ゆく生命さえも、全てが雨の中で。
 源泉は、だから出立を急いだのだと思う。あの国の中で、苦しみ続ける俺の姿を見ているのが辛かったから。離れてし
まえば楽になれるだろうと思ってくれたから。取材だなどと託けて。
 「あ〜っ・・・冷てぇ・・・ったく、あと一歩のトコロで降り始めやがって・・・」
 開いた玄関ドアから、湿気を纏わせて源泉が悔しそうに叫ぶ。今日は朝から近場のストリートへ取材に出かけていたのだ
が、どうやら帰り道で降り始めたらしかった。
 「お〜い、アキラ。タオル持って来てくれるか?このまま入ると部屋中が水浸しになる」
 「・・・そんな激しく降ってるのか?」
 バスルームから大きめのタオルを引っ張り出し、ついでに濡れた上着を入れる洗濯物用のカゴも抱える。2人で暮らし
始めてから、すっかり源泉の女房役が板についてしまっていた。でも悪い気はしない。
 「おお、すまんな。んあ?何だカゴも持ってきたのか、随分と気が利く様になったなぁ。これならどこへ嫁に出してもオイ
  ちゃんは恥ずかしくないぞ、ん?」
 「・・・バカなこと言ってないでサッサと脱いで拭けよ、風邪ひいたら面倒だろ」
 笑う源泉の服から、埃交じりの雨の匂いがする。乾いたアスファルトに染み込んでいく時の、なんとも形容しがたい匂い
。 でも自分の中で一番記憶に多い匂いかも知れない。
 今までにも留まった多くの街で、雨が降り源泉が濡れ鼠になって帰って来るなんて事はざらだった。その度に同じような
やり取りをして。
 でも此処は違う。似過ぎている。
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