夢1
□拍手SS
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「梵天丸様!梵天丸様!?」
あいつの声が聞こえる。
小十郎みたいに怒るあいつは、俺の目を怖がらない二番目の大人だ。
「梵天丸様〜…見付けましたよ!」
「うわっ!?」
いつの間にか後ろにいたあいつは、俺の着物の襟首を掴んで俺を持ち上げた。
女のくせに、何て力だ!
「なにするんだよっ!はなせっ!」
「いーえ、離しません!また勉学を怠る気ですか!?剣術ばかり達者でも、勉学が無いのでは情けのうございますよ!」
俺はジタバタして暴れていた手足を落とし、俯いた。
「…梵天丸様?」
いや、離せよ。
まあいいか。
相変わらず襟首を掴まれたままだが、俺は心に刺さっている棘をかきむしった。
「…べつに、だれも俺なんかに期待してない」
「梵天丸様、何をおっしゃいます…」
「頭がよくても、剣がうまくても、…どれだけがんばっても、目が悪ければ…」
「梵天丸様!!」
「っ!!」
いきなり怒鳴ったあいつは、俺を床にそっと降ろすと、自分もしゃがんで俺の目線に合わせた。
捕まれた両腕が、異常な程熱かった。
「皆は勘違いをしているだけにございます」
「かんちがい…?」
首を傾げる俺に、あいつは微笑んだままゆっくりと頷いた。
「梵天丸様の目は悪い目ではありません。誰よりも優れた良い目です」
「…この右目が…?」
忌々しい右目を隠す眼帯を握り締めると、ふわりとあいつの手が重ねられた。
「…あなたは病に勝ったのです。誰もが勝てずに命を奪われた病に勝ちました。ですが、勝つためには条件が必要だったのです」
「じょうけん?」
「はい。それは…命の代わりに右目を病に捧げる事でした」
驚いて目を見開く俺に、優しい表情で頭を撫でる。
「梵天丸様、その右目は梵天丸様のお命の代わりに視力を失ったのです。皆がその目を咎める中、梵天丸様まで右目を憎んでは…犠牲になった右目が可哀想です」
「右目が、かわいそう…」
「ええ。だから私は、梵天丸様の右目はご立派だと思います…病に打ち勝った勲章ですから」
「…分かった。なるべく嫌いにならない」
やっと笑った俺に安心したのか、あいつは満面の笑みになって俺を軽く抱き締めた。
「ふふっ。さぁ、小十郎様がお待ちですよ。一緒に行きましょう。勉学が終わりましたら食事に致します」
「おれの好きなものはあるか?」
「梵天丸様の嫌いな物を、私がお入れした事があったでしょうか?」
「ない!だから好きだ!」
「あら、私がですか?」
「ちっ、ちちちち、ちがう!め、めしがだ!…おろせっ、自分で歩ける!」
「あらあら…振られてしまいましたね」
「政宗様?」
「…悪い。何だ?」
「…ですから、此度の戦の労いにと小十郎様がお食事をと………何か?」
「…俺の好きな物はあるか?」
あいつは、悪戯っぽい顔をして笑った。
「…さあ?お作りするのは小十郎様ですから」
「Oh…ならお前は俺の隣に来い。せめて視覚的な好物が欲しい。…いずれは喰うが」
「…っ政宗様!いつからそのような事を仰るように…!」
「口に出したのは今が初めてだが、ガキの頃から好物は変わってねぇぜ?」
顔を真っ赤にしたあいつに満足し、俺は盛大に笑った。
いつまでも可愛い梵天丸で居てやる気は…もう無いんでな。
end.
(初の年上ヒロイン…!)