その他
□さようならは
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要君…僕たち少し離れてみた方がいいと思います。
だから、だから…
さようなら
「春!!?」
「は…はい!!!」
目の前には、突然呼ばれて驚きながらも心配そうな顔をする春がいた。
どうやらうたた寝してうなされていたようだ。
「どうかしたんですか?すっごい汗かいてますよ?」
汗を拭うようにして前髪をかきあげると、春がそこに手を当てた。熱があるのか冷たい手が気持ちいい。逆に春は額の熱さに驚いたようだった。
「要君、熱ありますよ!!!また仕事で無茶したんでしょう!!!」
「疲れただけだって。寝てりゃ治るから。」
医者になってから、毎日毎日働き詰めで疲れがたまっていたのだろう。一緒に暮らす春に家事を任せっぱなしだというのに情けない。ふらふらとソファーに寝そべり仮眠をとろうとすると背中を押されベッドに寝かされてしまった。
「ソファーじゃ駄目です!!!」
春はいつもの穏和さからは想像もつかない怖い声でそう言ってから、引き出しを開けはじめる。そして体温計を探し当てると突き出してきた。渋々それを受け取って脇に挟むと、今度はキッチンの方へぱたぱたと走っていった。氷でも取りにいったのだろう。
しばらくしてピピピッと鳴った体温計を見ると、熱は意外と高く、それを知ったとたんいきなり怠くなったような気がした。
これ以上春に心配させる訳にはいけないから、体温計の電源を切ろうとしたがケースに戻して切るタイプのものだったらしくスイッチはどこにもなかった。
隠すということを思い付く前に春は帰って来てしまい、仕方なく渡した。
「…さ、さんじゅうくど!!?か、要君、ちょっとどころじゃないじゃないですか!!!」
「心配しなくてもすぐ治るって。」
「と、取りあえず僕、お薬買って来ます」
額に絞ったタオルを置くと、春は立ち上がって買い物に出ようとした。
嫌な映像が頭を駆け巡る。
シチュエーションとしてはありえない映像なのに、頭を離れない。さようなら
「春!!!」
叫んで腕を掴むと、春はビックリしたように振り返りながらベッドに倒れ込んできた。
「要君?」
「薬なんて後でいい。俺が寝るまで絶対何処にもいくな。…頼む、から。」
今離れたら不安になる。
こんなに弱い自分に驚く。
春は微笑むと頭を撫でながら囁いた。
「分かりました。でもお薬はちゃんと飲んでもらいますよ。」
頷いて目を閉じると繋ぎっぱなしの手に春の温もりを感じる。
春がすぐ傍にいる。
それだけで不安が消えた気がした。
「僕はずっとここにいますよ。安心して寝てください。」
急に襲ってきた眠気の中、そんな言葉を聞いた。
それは夢か、現か。