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□Can Look
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ドサリと雪の中へ小十郎は政宗もろとも倒れ込んだ。

決して格好よくはないが、攻撃の直撃は避けることができたらしい。

しかし、少しばかり受けてしまったようである。

政宗が右目を押さえながら、短い声を漏らした。

「おい。てめぇら。ここまでして、ただで済むと思ってんのか?」

小十郎が、低く地を這うような声で呟いた。

農民たちの背筋にぞわぞわっと冷たいものが走る。

彼の纏っている覇気は、先程とは比べものにならないほど強い。

別人のようだ。

主の負傷は、彼を本気にさせてしまったらしい。

「ひっ……」

思わず農民の口から悲鳴が漏れた。

鍬を持つ手がカタカタと震える。

自分は武士に喧嘩を吹っかけたのだと、後悔のようなものが押し寄せた。

「政宗様を傷付けた奴、前へ出ろ。前だ」

射殺さんばかりの鋭い眼光に、足が竦んだ。

名乗り出なければ、この場にいる全員が斬り殺されるかもしれない。

だが、一斉に攻撃を仕掛けたのだ。誰が当てたかなんて知る由もない。

農民たちは固唾を飲んだ。

「やめろ。小十郎」

声量は小さいが、力強い声だった。

刀を杖にしながら、政宗はゆっくりと身を起こす。

そして、今にも斬りかからんとする小十郎の肩へ手を置いた。

「しかし……」

反論をしようとした小十郎を、鋭い眼光で睨み付ける。

手を出すな。俺の命令に逆らうな。

その目はそう言っていた。

肩に置かれた手に痛いほどの力が込められる。

「大それたことをいたしました」

小十郎は刀にかけた手を離し、頭を軽く下げた。

すっと手の感覚が消え、代わりに「おい。お前ら」という凜とした声が響いた。

顔を上げると、青い甲冑に身を包んだ彼が腰に手を当てている。

その様子は隙だらけで、農民は攻撃しようと思えばいつでもできる状態だ。

だが、彼らはそれをしなかった。

びりびりと身体を貫く声に動けなくなっていた。

「こんなことをして楽しいか?」

政宗は腕を組みをし、農民たちに語りかける。

「楽しいはずないべ。こんなこと、おらたちだってしたくねぇ。でも……」

農民が言葉を濁した。

「侍は何もしねぇ。だろ?」

言うことをはばかった言葉を、政宗が繋ぐ。

「お侍がやることといえば、田や畑を荒らすことだけ。もう疲れただよ」

涙混じりの声だった。

雪の冷たさが肌に染みる。

政宗は白い息を吐き出してから、「そんなに侍が信用できねぇか?」と訊いてみた。

だが、農民たちは顔を見合わせただけで答えはしない。

返答の内容が自分たちの運命を決めると知っているからだ。

政宗は一歩踏み出した。

「だったら、まず俺を信用してみねぇか?」

静かな空間に、その言葉はやけに大きく響き渡る。

「お前さんを?」

「ああ。俺は天下を取る男だ。俺は田や畑を荒らさせたりしねぇ。絶対だ」

「だ、だども……」

「俺はほらは吹かねぇぜ。もし守れなかった時は、煮るなり焼くやりすればいい」

にやりと政宗は笑う。

「戦が長引けば困るのは他の誰でもねぇ、農民だ。だったら、俺が戦を終わらせてやるよ」

その声と表情は自信に満ち溢れていた。

再び農民たちはが顔を見合わせる。

「信じてもいいだか?」

躊躇いがちにそう尋ねた。

政宗は無言でゆっくりと頷く。

無事一揆は収まった。

今回の戦での負傷者は、伊達軍13人。一揆集27人。

死者、両者ともにゼロ。
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