短編

□暗闇一つ
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手を握ったり、開いたりをくり返し感覚を呼び覚まそうと躍起になる。だがたまたま近くにあった筆を握るも、奮闘虚しく何も感じない。
陽の光りがやけに眩しく、そしてやけに鬱陶しく感じた朝だった。


ある今朝の事



「……………」
「起きたか、三成」
「……相変わらず早いな、形部は。本当に寝ているのか?」
「ヒヒッ………ぬしが言うのか、それを」
実のところ、のそりと起き上がった三成の言う通り吉継は寝ていない。病に臥せた身なのだから寝た方が身体のため、と誰かに言われたが、生憎吉継は聞く気すらおきていなかった。
そして、相手が言い終えたあたりで放つ言葉が、「われが死のうと、ぬしには関係なかろ」の一言。
それを同じように言い放たれた三成は眉をひそめ、頼りなげにゆらゆら浮かぶ吉継を見やる。その視線の意味を知る吉継は冗談よ、と三成の部屋出ていった。
三成は去った吉継の背を見つめ重苦しい溜め息を吐く。形部の冗談は冗談に聞こえない、という独り言は息に交わり霧散した。


一方その頃、ふよふよと出て行った吉継は自分の部屋に入るや否や、ぱたんと襖を閉じたっきり出てこようとしていない。陽を厭う吉継は障子も何もかもを閉め切っているため、雲一つない晴れ模様の、明るさに満ち溢れた朝だというのに、彼の部屋は満月の夜のごとくほの暗い。そんな部屋の片隅で、輿からおりた吉継は膝に顔を埋めていた。いわゆる体育座りである。
視界は虚無をも認識しているが、色素の薄いその瞳は不幸以外、何も映してはいない。
「アレは来るのか……いや、まだだ。まだ早い。まだその刻ではない。地盤も、下地も、何も完成していない」
空に手を伸ばし何かを探すような手付きで手を動かした吉継は、何かを掴んだらしく、形を確かめるように握り潰す。いとも簡単に潰れたそれに満足したのか、吉継の瞳はほの暗い部屋を認識するようになった。
「…………さて、三成に今朝の無礼を詫びに行かねばな。奴のことだ、さぞ怒り狂っておるであろ」
ヒヒッ、といつもの引きつったような笑い声をあげ、輿に乗り、三成のいるであろう場所に向かう。
普段よりも速度が速い気がするのは、目の錯覚であろう。


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