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□秋麗
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ふわりと香る金木犀の香り。それを何処からか運んでくる風は少し冷たくて、肌寒さを覚えるのと同時に、どこか物悲しい気持ちになる。いよいよ深まる秋の到来に、三成は視線を部屋の外へと向けた。

 澄んだ空が天高く、あれほど喧しかった蝉達も姿を潜めて久しい。夜になれば聞こえる鈴虫の声は、まるで夏の風鈴のように耳に気持ちが良かった。秋は嫌いではない。特に中秋から晩秋にかけての今は好ましい。夏のように喧しくなく、冬のように静寂すぎることもない。畳の床に手を這わせると、きつ過ぎない日差しが、ほんのりと手を温めてくれる。

「三成様!」

騒がしく姿を現したのは、島左近だった。部屋の敷居の前に立つ奴の姿で部屋に差していた陽の光が遮られる。私に影を落とす代わりに陽の光を受ける奴は、何故か腕に南瓜を抱えて、尚且つ腕から風呂敷包みまでぶら下げていた。

「喧しい。童か、貴様は」

「そっスか?そんなことより三成様!俺、すっげぇ面白い話聞いたんっスよ!!」

軽薄な口を叩きながら抱えた南瓜をごろんとその場に転がすように置くと、左近はそれを私へ差し出してきた。

「何だこれは」

受け取った南瓜は大きさの割には軽く、何より中身が綺麗にくり抜かれていた。おまけに表面の皮まで顔の様に器用にくり抜かれている。意味の分からない代物に私の心境は軽く苛立つ。そんな事を知るはずもない左近は、してやったりと言う具合に表情を楽しげなものへと変えた。

「すげぇっしょ!南瓜で提灯作りましたー!」

「貴様、暇なのか?」

率直な感想をそのまま伝えると、左近は大げさに目を丸くして驚く素振りを見せる。

「えぇ!?んな訳ないじゃないですか!三成様、めちゃめちゃ人使い荒いんっスからマジ冗談キツイって!」

「なら報告書はどうした。私は、貴様を堺の貿易港へ使いに出したはずだが?」

「だーいじょうぶっ。ちゃんと持って来ましたってー」

一体、何が面白いのだろう。責められているのが分からないのか、左近は笑って着物の合わせから取り出した報告書を広げ、おもむろに報告を始め出した。この男の頭の中は一体どうなっているのだろうか。正直、軽い目眩を覚える。








木々の葉が風で揺れる音に、そっと耳を傾ける。その音を後ろにして、左近はいつもの明朗な声とは違ういくらか真剣さを含んだ声で報告を続けていた。

「とまぁ、そんな感じで鉄砲の生産も滞りなく進んでます。物自体近いうちに鉄砲鍛冶の連中が直接持って来る事になってますし、不足の分も国友から直に運び込まれますんで問題は無いです。どちらかと言えば火薬の調達の方が問題ですかね。細かいことは報告書にも書きましたけど、半兵衛様曰く、筒だけあっても意味ないッスから。」

「分かった。もういい下がれ」

一通りの報告を聞き終え、提出された書類を手に、体を文机の方へと向けて移動する。

「ええっ!せっかく頑張ったんだからもうちょっと褒めて下さいよ!」

床に転がる南瓜を押しのけ、左近はあろうことか私の腰にしがみついて額を擦りつけて来た。己の右手が反射的に拳を作り、勝手に左近の頭めがけて振り下ろされる。鈍く大きな音が一発。外にまで聞こえたのではないのかと言うくらいの大きな音だった。

「いっっ、痛っ!?くうっ…マジ…洒落になんねぇ…っ」

「貴様の頭は、この南瓜と同じで空っぽなのかと思ったが存外、中身の詰まった音だったな」

後頭部を抑えて身悶えする左近は、畳の床に踞る。この島左近と言う男は、見た目と言動とは裏腹に仕事も出来るし腕も立つ。感も良く働くし、頭の回転も悪くはない。影ではこの男を私には過ぎたるものだと言う者もいるくらいだ。ただ、馬鹿だとは思う。拾いあげた南瓜を平手で叩くと、鼓を叩いた様な軽い音がした。殴られた箇所を摩りながら黙って頬を膨らます左近の姿に、もはや目眩を通り越して呆れにも似たものが込み上げてくる。

「その程度の働きは出来て当然だ。それとも貴様は、この程度で褒めてやらねばならぬ程に幼稚なのか」

「……」

短く溜息を吐いて、左近と向き合う様に座り直す。殴った箇所に手をやると、少しばかり腫れていた。頭を撫でてやっているつもりはないが、まるで犬っころの様に嬉々とした顔で目を輝かせる。

「三成様。俺、堺の港で面白い話し聞いたんっスよ」

「そうか」

そう言えば最初にそんな事を言っていた気がする。とりわけ聞きたい訳でもないが、話し始めてしまったから放っておく。

「長崎船の貿易商の話なんですけど、なんでもバテレンの方では中秋から晩秋にかけて南瓜の提灯で豊作と厄払いを祈願するらしいんですよ。海の向こうって訳わかんねーって思いません?」

「そうか」

「でも折角なんで、俺も南瓜の提灯作っちゃいましたー!」

「そうか」

「…三成様の部屋に飾ろうと思って」

「そう、…か!?」

「俺の部屋にもあるから三成様と、おそろー」

不気味な南瓜の顔を此方に向けて、左近は、すっかり存在の忘れられていた風呂敷包の中を解いて広げて見せた。中に入っていたのは、半紙で丁寧に一つずつ包まれた大量の餅。

「なんか提灯と一緒に甘味を供えないといけないらしくて、甘味が無いと物の怪に憑くり殺されるって!!なんで、くり抜いた南瓜の中身を炊いて、餡に練り込んで作りました!」

「……」

「いやマジで物の怪がスゲェ押し寄せて来るらしいっスよ!?」

どこまで本気で言っているのか分からないが、供え物どうこうの前に、この不気味な提灯が物の怪の類じゃないのか。しかし、それよりも気になる事があった。

「おい…」

「はい」

「貴様、まさかその提灯と餅を作っていて報告が遅れたんじゃないだろうな…」

「そっスけど。でも期限は明日だし問題無いっしょ?」

一瞬、頭に血が上ったものの、すぐに頭が冷えた。もう怒鳴る気にもならない。一々まともに相手にしていては血管がいくつあっても足りたものではなかった。

「…報告書は受け取った。下がれ。貴様がいると騒がしくて適わん」

「……」

下がれと言ったのに、未だ腰を上げない左近は不満そうな顔で真っ直ぐに私を見据えてきた。

「二度も言わせるな。下がれと言ったのが聞こえなかったか」

「俺、まだ三成様と一緒にいたいです」

「いい加減にしろ。私は今からこの報告書をまとめて、半兵衛様の所へお持ちするのだ」

「俺の報告書、完璧ですからまとめる所なんて無いですって!三成様もたまには、ゆっくりしましょうよ」

確かに、改めて報告書へ目を向けると口頭で聞いた内容とは別に、これ以上無いくらい事細かな情報が簡潔にまとめ上げられていた。

「ね?だから今日くらい仕事止めてゆっくりしません?」

「手持ちの仕事がないなら、鍛錬して腕を磨け」

「うえぇッ、藪蛇かよ!つーか三成様、鈍すぎ!真面目すぎ!逢引のお誘いしてるんですから断んないで下さいって!」

「公私混同するな」

「俺、もう仕事終わりましたもん」

ああ言えばこう言う。その軽薄な態度は何度注意しても正される気配もない。

「なら次の仕事をくれてやる。この書を刑部の所へ届けに行け」

「……」

書を差し出せば案の定、左近はまた不満そうな顔で私を見た。その視線を無視して私は立ち上がる。

「私は貴様の報告書を半兵衛様の所へお届けする。部屋に一人でいたいなら何時までもそうしていろ」

見下ろし言い放つと、左近も諦めがついたのか、溜息と共に立ち上がる。左近が立ち上がるのと同時に、私は一歩詰め寄って左近の耳元に顔を寄せて囁いた。

「四半刻程で部屋に戻る。その頃にもう一度訪ねて来い」

「えっ!?そ、それって…」

「同じことは二度言わん。さっさと行け」

「へへっ、りょーかいっ!んじゃ、ささっと行ってきます!」

そう言うと、まるで風の様に部屋から出ていってしまった。一人残った私も、報告書を手に部屋を後にする。庭先から入る風は、緩い陽の光と共に何処か暖かかった。






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書き始め2013/9月 うP2014/2月っorz


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