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□明日から僕は、また恋をする
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第一印象は、なんて綺麗な子なんだろうと、それだった。竹中様に連れられて来たその子は、女の子とは思えないほど短く切られた銀色の髪が、やたらと目に付く。けれど、そんなことはどうでも良くなるくらい、白い肌と翡翠色の瞳が美しくて、まるで物語で聞かされたかぐや姫のような美しさに僕は一瞬で恋に落ちてしまった。

「は、初めまして。ぼ、僕、金吾って言うんだ。君、女の子なのにどうして髪を短くしているの?」

気になったから尋ねたのだけれど、次の瞬間その子は顔を真っ赤にして平手打ちを繰り出してきた。その目にも止まらぬ速さに、僕は何が起こったのか分からず尻餅をついて呆然とその子を見上げることしか出来なかった。

「貴様!もう一度私を女と言ってみろ!二度と口が利けぬようにしてやる!!」

「うえぇぇ!?君、男の子!?」

「なっ!?貴様っ!!」

「ひっ!ひゃああああああああああ!!ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!!」

顔を真っ赤にして怒るその子は、女の子じゃなくて男の子だった。名前も佐吉と、男の名前だった。竹中様曰く、太閤様がとても気に入って山寺の寺小姓をしていたこの子を引き抜いて来たらしい。更に僕を打とうする佐吉くんを竹中様が止めに入ってくれなかったら、今頃僕は本当に口が利けなくなっていたかもしれない。僕の中で佐吉くんの印象は、綺麗な女の子から綺麗で恐ろしい男の子、に変わった。それでも僕は佐吉くんと仲良くなりたいと思ったんだ。けど、無理だった。だって佐吉くんは酷いんだ。すぐ怒るし殴るし口も悪い。僕のことを、食うしか能がないとか、愚図とか平気な顔で面と向かって言うんだ。気がついたら僕は佐吉くんに話しかけなくなっていた。だって恐いんだもの。それから暫くして、また一人、同じくらいの歳の子が来た。竹千代くんって言うらしい。聞けば今川、織田と、人質として今度は豊臣に身を寄せることになったらしい。佐吉くんと違って明るく優しくて、お日さまみたいな子だった。そんな竹千代くんだからなのか、佐吉くんとも直ぐに仲良くなってしまた。正直、悔しかった。何だかんだで僕はまだ佐吉くんが好きだった。








「金吾!遊ぼう!!」

竹千代くんが一人で鞠を持って訪ねてきた。佐吉くんが一緒にいないなんて珍しい。

「う、うん、良いよ。今日は佐吉くんは一緒じゃないの?」

「佐吉は半兵衛の手伝いがあるらしい」

つまらなさそうに口を尖らせて、竹千代くんは鞠を頭上に放り投げる。それを足で受け止めると、鞠は器用に一定の拍を取りながら竹千代くんの足や膝の上を跳ねた。

「行くぞ金吾!」

「え!?ちょっ、待って!」

足さばきに見入っていたら、いきなり竹千代くんは僕の方へと鞠を飛ばしてきた。僕は鞠を顔で受け止めて、そのまま鞠と一緒に後ろへ転がった。

「ううっ…。いきなり酷いよぉ…」

「す、すまん金吾、平気か?」

鼻の頭を擦りむいて泣きべそをかく僕の元へ、竹千代くんは慌てて駆け寄る。謝りながら手を差し伸べてくれる竹千代くんは本当に優しい。佐吉くんだったら、ぐずぐずするなと怒るに決まってる。

「ありがとう…。ねぇ、竹千代くん。一つ聞いても良い?」

「ん?何だ?」

きょとん、とした顔の竹千代くんに、僕はおずおずと話し始めた。

「そのっ…。佐吉くんのことだけど…。竹千代くんは何で佐吉くんと何時も一緒にいるの?べ、別に変な意味じゃないよ?ほら、佐吉くんってすぐに怒るでしょ?酷いことも平気で言うし、恐くないの?」

喋りだすと止まらなかった。竹千代くんは考える様に腕を組んで目線を上にあげる。

「うーん…。彼奴は確かにすぐ怒るけど、恐いと思ったことは無いなあ」

「た、竹千代くんは佐吉くんに殴られたことが無いんだよ!」

「そんなことはない。毎日のように叩かれているぞ?」

「違うよ!殴る、だよ!!…それに…酷いこと言うし。言われたことある?」

「馬鹿とか間抜けとはよく言われるけど、佐吉は正直なだけなんだ。思ったことしか口にしない」

「それってやっぱり酷いよ…」

つまり心から君を馬鹿で間抜けだと思ってるって事じゃないか。僕は僕で、食べることしか能のない愚図だと思われてるし。

「金吾は佐吉が嫌いなのか?」

「えっ…。ぼ、僕は…」

恐いけど、嫌なこともいっぱい言われたけど、嫌いじゃない。だいぶ形を潜めていたけど、佐吉くんへの恋心はまだ残っていた。僕が返答に困っていると、竹千代くんの方が先に、佐吉くんへの思いを口にする。

「儂は、佐吉が大好きなんだ」

「!!」

「あんな風に己を偽らずに生きて行こうとする佐吉が好きだ。正直過ぎるし不器用だとも思うがな。でも、それが堪らなく羨ましい。儂には出来そうにもない事だから」

にこにこと、お日様のような笑顔で恥じらいもせずに竹千代くんは続ける。佐吉くんと先に出会ったのは僕なのに、僕より佐吉くんを知っているような口振りに胸に何かが刺さった。

「佐吉の側にいれば、儂もずっと正直でいられる気がする」

「…嘘を吐かないなんて、無理だよ」

「だから儂の側にいて欲しいんだ。嘘を吐くと佐吉は怒るからな」

「……」

眉尻を下げて困ったように笑う竹千代くんは、どこか照れている様だった。いや、たぶん照れてたんだと思う。だって急に声を大にして冗談めかす様にとんでもないことを口にしたんだもの。

「それに佐吉は美人だからな!」

「それ、佐吉くんが聞いたら怒るんじゃないかな?」

「…金吾、今のは内緒だぞ」

今更声を小さくしても意味がないのに、竹千代kくんは小声で口元に人差し指を押し当てて忙しなく辺りをきょろきょろと見渡している。佐吉くんが近くにいないか確認しているんだ。なんだ、やっぱり竹千代くんだって恐いんじゃないか。ちょっとだけ安心した。

「うん。誰にも言わないよ」

「約束だぞ」

念を押す竹千代くんが、なんだか可笑しかった。

「あのね、竹千代くん」

「うん?」

「僕も、佐吉くんが好きなんだ」

一瞬、本当に一瞬だけ。竹千代くんは目を見開いて驚いた顔をした。でも僕が瞬きをした間に元に戻っていて、やっぱりお日様みたいな笑顔で笑っていた。

「そっか!じゃあ今度は三人で遊ぼうな!」

お月様の様なあの子と、お日様のような彼は、傍から見てもお似合いだと思う。けれど僕は、明日からまた恋をする。

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金吾って幼少期は豊臣にいたらしいですね。時間軸は無茶苦茶ですが。


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