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□泡沫雪と散る
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雪よりも白く冷たい真珠の粒が 貴方の涙など 

ましてや 岩肌を覆う程 滂沱の涙を零していたことなど

あの鋭く美しい翡翠の瞳から 零れることなど想像出来るはずもなかった。






泡沫の雪と散る


夜の深い闇の中、他の岩に遮られて月明かりも届かない暗く足場の悪い岩場を、家康はカンテラの灯りで足下を照しながら歩いていた。
両にそびえる荒い岩肌の隙間を通り抜ければ少し開けた岩場と眼前には暗い海が広がっている。
家康は足下を照らすカンテラを胸の高さまで持ち上げると腕を伸ばして辺りを照らしだした。周りに誰もいないことを確認してカンテラを静かに足元に置く。
シャツの片方の袖を肘まで捲り、波打ち際に膝を着いて腕を海面へと差し込んだ。

「三成」

海面へ向けて静かに名前を呼ぶ。水中で手を振ってもう一度呼ぶと海中から手を掴み返された。
それを合図に家康が水中から腕を引き上げる。家康の太く逞しい腕と手に繋がれて、海面から白く細い手と腕が姿を現した。
頭と体、尾と、続けざまに全身を岩場に晒した三成を家康はもう片方の腕も伸ばして抱き締めた。

「三成、会いたかったっ・・・」

「おいっ」

海水で濡れた三成の身体を、シャツが濡れることも厭わずに抱きしめる家康に三成は離れるよう胸を押した。
が、すぐにその手を離して家康の腕から逃れようと藻掻いた。
海水で濡れた自分の手からシャツが水気を吸うのを見たのだ。触れることにも気遣う三成を逃しはしないと
家康は三成の肩に顔を埋め、額を擦りつけた。

「良いんだ。三成もワシに触れてくれ」

懇願にも近い声色と濡れた肌に伝わる互の生暖かい体温に戸惑いながらも、
三成は藻掻くのを止めて家康の背に手を回して肩に顎を乗せた。
触れ合う喜びを悟れぬよう悪態を吐いた。

「馬鹿め。風邪を引いても知らんぞ」

わざとらしく息を吐く三成に
思わず家康の顔から笑みが零れた。







カーテンの隙間から差し込む陽の光で目を覚ました家康は、
手のひらを額に当てて落胆の色を浮かべていた。

「夢・・・か・・・」

身体を起こして窓の外を見れば木々は花を落としつつも緑に茂り、
夏を迎えようとしていた。青々とした葉の
色彩豊かな外の景色を眺める家康の脳裏を過るのは降り積もる灰色の雪の季節と
再会を約束した恋人の姿。春を待ちきれず、まだ雪の溶けきらない内から岩場に通い、
今日まで通わない日などなかった。しかし、冬はとっくに過ぎたというのにそこに約束の恋人
の姿は無かった。未だ夢の中でしか再会を果たせていない恋人を思い、家康はきつく拳を握り締めた。









真夜中の岩場は橙色に煌めいていた。足元に散らばる無数の真珠の粒が
、地面に置かれたカンテラの灯りを幾重にも反射させているのだ。
カンテラの頼りない灯りだけを頼りに家康と三成が過ごしていた時からとは、
岩場の景色は一変していた。美しい光景と散らばる真珠のあまりの多さを
初めて目にした家康は、自分達意外にも人が来たのかと、
しばらく怪しんだりもして周辺を見回ったが結局、人の気配など全くなかった。
もはや見慣れた景色と化した岩場を歩き、家康は波打ち際に膝を付いて海面に向かって声をかけた。

「三成」

「三成・・・」

海面に腕を入れてもう一度名前を呼ぶ。
掴み返されることも返事が返って来るでもない。暗い海面を見つめて
、家康は何度も三成の名前を静かに呼び続けた。
橙色に輝く真珠達を背に何度も何度も。





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