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□勝率
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部活動も終わり、生徒がまばらになった放課後の校内。昼間の喧騒とは打って変わって、居残り練習をしている吹奏楽部の演奏だけが唯一聞こえる大きな音だった。窓から差し込む夕日と金管楽器の低音が相成って、何ともノスタルジーな雰囲気をか持ち出している。しかし、職員室から出て生徒玄関へ向かう左近の足取りは気怠いものだった。

「ついてねーなぁ」

ぼやきながら、左近はポケットの中のサイコロを取り出して軽く頭上に放り投げた。放り投げたそれを上手く掴み、手の中の賽の目を見て溜め息を吐く。別に、出た目が悪かったからでは無い。元より、今投げたサイコロには何も賭けていなかった。溜め息の原因は六限目の終わりまで遡る。嫌がる勝家を相手に無理矢理サイコロを使った賭事の相手をさせていたのだ。勿論、校内での賭事など言語道断。案の定、それが学年主任にバレてしまい、今の今までコッテリと絞られていたと言う訳だ。

「ったく、マジつまんねぇ」

舌打ち混じりに左近は下駄箱から靴を取り出して、少々乱暴に床に落とした。パコンっ、と軽い音を立てて左近の靴が僅かにコンクリの床に弾む。靴に片足を突っ込むと同時に、外から上から、雨の降る音が聞こえてきた。舌打ちと溜め息が連続で左近の口から零れる。一体、何時から降り出していたのか、今日はツいていないと言わずにはいられなかった。唯一の救いは置き傘をしてあった事だ。これで傘まで無かったら堪ったものではない。

「運が良いのか悪いのか…」

今日一日の出来事を振り返り、精算しながら傘を持って生徒玄関から出た左近は思わず足を止めた。生徒玄関の端の方に三成がいたのだ。一人佇む三成の手に傘は無く、雨宿りをしているのは一目瞭然だった。それは左近にとって幸運以外の何物でもなく、当然、三成を誘うチャンスだと胸を踊らせるのだった。

「先ぱ…」
「三成、あったぞ!」

左近が声をかけようとした瞬間、その声は左近とは反対側から駆け寄ってきた第三者の声にかき消されてしまった。その手には傘が一本握られている。

「職員室に一本だけ余ってたぞ」

「…一本じゃ意味がないだろうが」

「心配せんでも儂が送って行ってやる」

「私と貴様の家は間逆だぞ」

「かまわん。送っていく」

どうやら三成は雨宿りをしていたのではなく、職員室へ傘を借りに行った家康を待っていたらしい。左近の、期待で膨らんだ胸が一気に潰れていく。傘を握る手に力が入る。家康の広げた傘に入ろうとする三成に、左近は堪まらず声を張り上げた。

「先輩!!」

その声に三成と家康は驚いた顔で左近の方を見た。

「左近じゃないか。何だ、お前も今帰りか?」

人懐っこい笑みを浮かべて話し掛けて来る家康を無視して、左近は三成へと歩み寄った。そして、自分の持っていた傘を三成へと差し出す。

「先輩、これ使って下さい」

驚いた顔をする三成に、有無を言わさず傘を押し付けると、左近はそのまま飛び出して行ってしまった。バシャバシャと水を跳ね上げながら校門を出る左近は、息が上がるまで走って立ち止まった。雨に濡れた前髪を掻き上げて大きく息を吸い込む。

「マジでクッソつまんねぇっ!!」

突然張り上げた大声に、通行人が奇異の目を向けて来たが、気にならなかった。左近はもう一度息を吸った。

「マジ、つまんねぇ…」

今度は自分にしか聞こえないくらい、小さな声だった。水たまりを蹴り上げて、左近は再び走り出した。気が付けば雨は止んでいた。


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