雑記
□麗しのソプラノ(完)
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「また」
バサリ、と。掛布団を乱暴に放り投げて縁側えの襖を開ける。
『…〜愛していた…あなただけ………〜』
透き通る歌声。風に乗って聴こえるその美しい声は、ここ1週間ほぼ毎日聴こえてくる。雲雀は縁側に腰をおろし、眼を閉じて神経を研ぎ澄ます。
『夕闇の中に月浮かぶ 水面にゆらゆら影一つ 散る桜の様はあなたのようで また想い 涙流します』
(今日は恋の唄)
昨日は楽しいお遊戯のような唄で、その前は悲恋の唄だった。
(今日の唄も悲しい声だ…)
声の主はどんな唄を歌ってようが、いつも悲しい声で歌っていた。
雲雀はもう一度、神経を歌声に向けた。
――――――――……
「おはようございます」
「おはようございます!!」
次々と門に入って行く生徒。もう少しで予鈴の鳴る時間の為、駆け足の生徒もいる。が、皆一様に不思議そうな顔をしていた。遅刻してきた者に毎度盛大な罰を下していたあの雲雀が、今日は見当たらないからだ。
キーン…コーン…
予鈴が鳴ると共に門が閉められる。今日は駆け込む者も、遠くから慌てて走ってくる者もいない。遅刻はいないのだろうかと、風紀委員の数人は思う。
本鈴が鳴ると、風紀委員も校舎内に入って行き、
……それからしばらく
「…あ……また閉まってる」
門の前に着いたタクシーの中から小柄な少年が出てきた。ありがとうございました、と運転手に声をかけ、いつも通り門を昇ろうと手をかけると……
「落ちるんじゃない」
「へっ!?」
「君、昇れるの?どんくさそうだけど」
「…雲雀…さん…!?」
「やぁ。沢田綱吉」
沢田綱吉、と雲雀に呼ばれた少年はみるみるうちに青ざめる。
「そんな顔しなくて良いよ。別に君を噛み殺したりはしないから」
「え…っあ、の……」
すっ、と優雅な手つきで手を伸ばし、綱吉の頬に触れる。
「いつも歌っている唄はなに」
「……え」
「僕の屋敷の傍……並盛神社の近くでいつも…毎晩歌っているのは君だろう?」
「屋敷…」
少年は一度小首を傾げると、あぁ!と声を上げた。
「あれ、家だったんですか!?なんかの美術館か文化遺産的なものだと思ってました!」
「僕の屋敷はどうでも良いよ。何故いつも彼処(あそこ)で歌っているの」
「ぁ…、と。何の事でしょう」
「僕の屋敷の話をしておいて今更しらばっくれる気」
「…う〜…」
綱吉は下を向き、何やら唸り始めた。雲雀はそこでようやく頬から手をどかし、今度は綱吉の顎を軽く掴みくぃっ、と上を向かせた。
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