ONE PIECE/左

□『魔』が、さす 
1ページ/5ページ

魔がさした───。

そうだとしか、思えない。
それ以外に、理由がない。
 
無意識に自身の唇に伸びている己の指を感じ、ゾロは頭を振る。

───冗談じゃねェ…。

先刻、己がルフィにした行為を思う度、魔がさしたとしかゾロには思えなかった。

否───そう思うしか、なかった。


++++++++++++++++++++


「アンタねぇ!今の状況わかってる!?嵐よ!あ・ら・し!!」

「馬鹿にすんな!それぐらいわかる」

「だったらそこから降りなさいよ!!」

「断る!!」

「アホっっっ!!落ちたって知らないわよっ!!?」

言いながら、ナミはこれまたこんな空模様だというのに船首附近で眠るゾロを思い切り蹴飛ばす。

「……っでェッ!!てめェっ!何しやがる!?」

「ちょっとアンタ、暢気に寝てんじゃないわよ!!アイツなんとかしないさいよ、アイツ!」

「ぁあ?───あああ………アレか。無理だろ?お前の近所にもいなかったか?台風とかなると妙にはしゃぐガキ。それがアイツだ」

「そうだぞ、ナミ。こんだけ言っても降りねーんだ。アイツは聞きゃしねーよ。放っといて中入ろうぜ。交代で見ときゃ、大丈夫だろ。つーかサミィぞ俺は」

長い鼻から鼻水を垂らしつつ歯をガチガチと鳴らし、帆をしまい終えたウソップが言う。
ナミは大きく溜息をついた。

「わかったわよ………じゃ、ゾロ。後よろしく」

「ァあ!!?」

「何よ、当然でしょ?アンタ、アタシが嵐が来るからやり過ごす為の準備しろって言った時、何してた?」

「??」

「寝てたのよっっっ!!!」

思い切り殴られ、ゾロは甲板に取り残された。

 
そしてそれは、突然起こったのだ。
ゴーイングメリー号の船首に陣取り、ナミやウソップが何度注意しても降りる事のなかったルフィに起こった、当然といえば当然の出来事だ。
ナミにお目付け役を言いつかった後でも殊更注意はしなかったゾロだが、常にそれとなく、ルフィを伺ってはいた。
だが、ほんの一瞬。
ほんの一瞬、ゾロが気を逸らした時。

ルフィの気配が、消えた。
続く、雨音よりも己の耳に響いた派手な水音。

「あ……ンのバカッッッ!!!」

叫びながら船首に向かうゾロの前に、やはり気にはなっていたのか、部屋に戻った筈のナミが立ちはだかる。

「どけっっっ!!」

「ダメっっ!この波よ!?今アンタまで飛び込んだら、アンタ達を見つけられなくなる!あと少しで収まるから、それまで待ちなさいよ!!!」

「待てるかっっっ!」

「落ち着けゾロっ!!天気に関しちゃあナミの言う事聞いた方がいいだろうがっ!下手したら、ルフィすら見つけらんねーかもしれないんだぞっ!!?」

ウソップに 羽交い絞めされ、ようやくゾロは事態を把握する。舌打ちしつつウソップの拘束を解き、それでもゆっくりと船縁まで進みながら、ルフィが落下したとおぼしき一点を見据えた。

───バカがっっっ!

ぐっと船縁を握り締め、わななく全身を懸命に押さえる。思う事はただ一つ。
何故己はあの時、一瞬ルフィの気配を追わなかったのか。
それだけだった。

ナミの宣言通り、程なくして嵐は収まった。嘘のように、先刻まで荒れ狂っていた波も収まる。

「いい?ルフィが流されているとしたら、あの辺りよ」

「了解」

言うなり、ゾロは海へ飛び込んだ。
途端、先刻の嵐のせいで濁った海に、視界を奪われる。
 
───くそっ!どこまで沈みやがった!!?

必死に瞳を凝らしてみても、どこにもそれらしき影は伺えない。
視界に移るのは、拭いきれない最悪の結末を思い、我知らず荒くなる己の息の泡沫だけだった。

限界まで堪えた息が、もうもたない───そう思った瞬間、張り出したサンゴ礁の上にひっかかるカタチで横たわるルフィを、ゾロは捉えた。

船縁で見守る二人を認め、ゾロは片手を上げる。
ウソップの腕を借り、激しく肩で息をしながら甲板にルフィを引き上げると、ゾロはすぐさま呼吸の確認をした。
途端、血の気が引いた。

───やべェ…。

ルフィはむろん息をしておらず、脈はかろうじて感じる程度のものだった。
余りの事態に、ゾロはしばし呆然とする。
と、すぐさまナミに思い切りハタかれた。

「ナニぼさっとしてんのよっ!アンタ人工呼吸ぐらい知ってんでしょ!?ウソップはお風呂にお湯一杯張って!アタシはタオルと気付けのお酒持ってくるから!!」

言いながら即座に駆け出し、ナミの言葉にウソップもはじかれたように風呂場へ向かった。

事は一刻を争う。
ゾロは即刻人工呼吸を始めた。

固く閉じられた瞳。明らかにチアノーゼを起こしている青黒い顔。弛緩した足、左腕。
絶望的なそれらを己の視界の端に捉えながらも、力強く自分の麦わら帽子を押さえているルフィの右腕に一縷の望みをたくし、ゾロはルフィに人工呼吸を続けた。

───冗談じゃねェ…冗談じぇねェ…冗談じゃねェ…。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ