ONE PIECE/左

□The shock!!! [ case2:Sanji ―そして俺は途方に暮れる― ]
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漠とした寂寥感の中で、ただ自らのたてる音のみが木霊する。
コツコツと響く靴。捻る度にきゅっと小気味よく締まる蛇口。炎の立ち上がる瞬間。まず自らの目で味わい、厳選した食材に包丁を入れる瞬間。
それらから派生する様々な音に耳を傾けながら、サンジは毎日、この決して大きいとは言えないキッチンで、決して十分だとは言えない食材で、自らの腕を試すが如く調理に挑んでいる。

まだ夜も明け切らぬ内からただ一人、ゴーイングメリー号のキッチンにて立ち働いていたサンジは、何よりもこの時間帯を愛していた。

程よく腐敗しはじめている赤身肉をナミの為に挽き、新鮮なラードや香辛料を混ぜ、腸詰を作る。むろん、明らかに変色している元赤身肉の腸詰はサンジ曰く『オマケども』の為だ。
 
それでもサンジには、最高の味を引き出せる腕がある。
 
ナミの腸詰と、尋常ではない大食漢を交えたオマケどもの大量の腸詰を別々の鍋に放り込むと、サンジはようやく一息つく為に内ポケットから煙草を取り出した。
 
丸い飾り窓にふと目を移す。と、今更ながら、流れる雨量に嵐の激しさをサンジは見る。
調理に集中している間は気付く事はなかったが、昨夜から続く嵐はナミの言う通り、一向に収まる気配がないらしい。

「───景気のイイこって」

そう呟くと、サンジは深々と吸い込んだ煙を吐き出した。
この煙草を終えたら、クルーを呼びに行くつもりである。もっとも、ルフィに限ってはサンジの召集以前に、いつも真っ先にキッチンに飛び込んでくる。 全員が揃うまで大人しく待てないルフィと攻防を交えつつも残った食材をわけてやり、単純だが素直な料理への賛辞を耳にする事は、すでに毎朝の儀式のようになっていた。
そう考えながら思わず苦笑した途端、キッチンのドアが音を立てて開かれた。

「相変わらず鼻がいいな、クソゴム───」

「おはよう…。サンジくん、コーヒー貰える?」

「ナミさん!どうしたの?随分早いねぇ」

「も〜〜〜〜〜誰だか知らないけど、今朝方ずっとトイレを行ったり来たり!うるさくって目が覚めたのよ…」

「へぇ。誰か腹でも下したか……」

「そうみたいね。アタシの睨んだ所では、ウソップね。大方釣り餌でも食べたんでしょうよ。後の二人は、何食べても大丈夫そうじゃない?特にルフィ………あれ?まだ来てないの?珍しい!」

寝不足のせいで頭痛でもするのか、しきりにこめかみを押さえながらナミは言う。
相変わらず気配りのいい人だ、とサンジは思う。
この船の食事一切をまかされているサンジに、責任を被せるような事は絶対に言わないのだ。そしてそれは、他のクルーも同じだった。
どんなモノを出そうとも、それぞれの表現の仕方で、最上の賛辞を与えてくれる。
自然緩む頬を自覚しながら、サンジは調理の合間に炒っておいたコーヒー豆をミルに放り込んだ。

「俺はクソゴムと過ごすより、この静かな時間をアナタと過ごした方が何倍も幸せだよ、ナミさん!いい機会だ。アイツがいない間に、ゆっくりと愛のスペシャルモーニングでも如何ですか?」

「うふふ。いいわね」

言いながら、二人は互いに笑みを浮かべた。早速サンジは仕上げに取り掛かる。
ナミの前に皿を並べ、一つ一つ自分の調理したものを確認しながら、載せてゆく。

───ヨシ。腸詰の湯で加減も頃合。後はこのサラダにドレッシング変わりのオリーブオイルを………ん?なんだコリャ………。

ローグタウンで手に入れた最高級オリーブオイルを手に取ると、サンジは首を傾げた。
オリーブオイルなど、サンジ以外が使うことのない筈なのに、明らかに開封した跡がある。その上───。

「っかしいな───一体何が挟まってやがる………?」

呟きながら、サンジは蓋の隙間から僅かにはみ出ている『モノ』を取り除くべく、蓋を捻った。
小壜の口に溜まったオイルに絡め取られて光ったそれを、眉を寄せつつ摘み上げる。

明らかに、『毛』である。
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