お話

□赤き黒き羽根(旧式)
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「――正規軍の有利の状況下、反乱軍の不利は今だ変わらず…っと」
ランプが一つだけ灯された薄暗い部屋で青年が真剣な顔で、自分にとって保険になるであろうものを書いていた。
「ま、いっか」
ペンを机に置き、ぬっと立ちあがる。
「散歩、さんぽ〜」
今までの真剣さはどこへやら。ひと段落ついて、ちょっと余裕の出てきた彼は腕を伸ばしつつ外へ出る。夜空では半月が時折雲に通りすがれているが星の綺麗な夜だ。
 ぽよ〜んっと白い物体が外に出た瞬間に青年の顔に飛びついた。
「おわっ」
大きなマシュマロのようなモノが張り付いてとても息苦い。
「ぷはっ…ああ、ぽわお君だぁ」
ようやく顔から剥がしてみると種族の違う親友が丸い目をうるませていた。
「一人で待たせてごめんよぉ。でも、あれだけは書いとかないとおっかないんだよ」
がしっと真ん丸い身体に丸っこい手足のはえた生物を抱きしめ、顔をすりすりする。生物(ぽわお君)はぽわぽわと何やらを言っているようだ。
「おい、ちょっといいか」
そこへ体躯のしっかりした若者が、なにやってんだ、こいつ≠ニ思いつつ声をかけてきた。
「ちょっとだけだね!」
ぽわお君からぱっと顔を上げ、にかっと笑顔で自分より背の高い若者をみた。
「ちっ、けちんぼめ。そんなんで支部長なんて任せていいのかよ」
「は?」
ぽわお君を両手にもち、髪が跳ね気味の青年は首を傾げる。
「ついさっき決まったんだよ。老死した先任に代わって、お前がここの支部長に任命されたぜ」
「ちょっといい?サイド君、君すっごく熱が高いんじゃないのかい」
ぽわお君を体躯のいいサイドという若者の頭上にのせ、右手を彼の額に、左手を自分の額に当てる。
「そのセリフは俺が上部にいいたいってんだ。ともかく、決まったもんはしょうがねぇ。よろしく頼むぜ、カリスト支部長殿」
「なんでサイド君によろしくされるのかなー?」
にこにことカリスト青年はサイドの頭上から親友を取り戻す。
「俺がアンタの補佐に決まったからだよ!たっく、とんだ貧乏くじだぜ」
「じゃぁ、もう全部決まり?俺が辞退を申し出ても無駄?」
夕飯のおかずはなぁに、と聞くような気軽さでカリストは言ってみる。
「だろうな」
重々しい口調でサイドは頷く。
「…」
ぽわお君を見下ろすカリストの笑顔が凍った。
「――こんな静かな夜でもよぉ、この小さな大陸に散らばる俺らの仲間は戦ってんだ。強大な敵とな。俺達もやってやろうじゃねぇか!」
ばんっとサイドはカリストの背を叩く。意外にもカリストは叩かれた衝撃で前のめりにはならなく、涼しい顔で半月を見上げていた。
「ま、皆に必要とされてると思って諦めな」
その様子をどう受け止めたのか、サイドは性にあわない言葉を照れ気味に言う。しかし、実際、真剣な顔で月を見上げるカリストが考えていたのは、この地上のどこかで戦っているであろう、今のどころの仲間達のことなどではなく…
(あーあ、どうしよう。色々頑張ったら、とうとう支部長になちゃったよ師匠。こんな事してる場合じゃないのになぁ)
「ぽわっ」
ぽんとまるっこい手が肩を叩き、哀愁ただようカリストは頭に3本だけ硬い毛の生えたぽわお君に慰められた。
「しっかし、他んとこはどんな作戦を立ててんだろな」
サイドが何気に呟くが、カリストはただただ月を見て、一人の世界にふけこんでいた。

 その頃、サイドの一番気になっていた他軍の作戦がただならぬ緊張感でもって開始された。
 「作戦として重要なのは二人の手際だ。大丈夫とは思うが細心に注意して掛かるに越した事はないな」
すっとメガネを押し上げる。
「ヒビキ。潜入するのは俺一人の方がいいんじゃないのか?」
端整な顔立ちの少年がメガネの少年(ヒビキ)を仰ぐ。
「グラディスのばか!ボキがそんなに信用できないのかニャ!?」
猫耳に猫の手グローブに猫の尻尾の生えた可愛らしく活発そうな少女が不満そうに頬を膨らませた。ファイナという名の彼女は猫型の亜人であった。猫の手グローブ意外はすべて本ものである。
「違うって。お前だと目立つんじゃないかと思って…」
端整な顔立ちのグラディス少年は慌てて弁解する。美形といわれる部類だが、どうも印象の薄いところのある少年であった。
「いや、大丈夫だろ。俺が何度も確認したが、あの動力室は居住区に最も遠いし、警備兵も少ない。見られたとしても、そいつを倒すまでだ」
冷静に表情も変えずにヒビキがグラディスに答えた。
「そうか。さすがヒビキ、わかってるニャ!グラディスもしっかりしてよニャ」
「…ファイナ、語尾にニャ≠ェついてるぞ」
ファイナに生意気にけなされたグラディスはぼそりと言った。
「フニャ!?しまった、直すと決めていたのニャ。ああ、また言ってしまったニャ!?また言っちゃったニャ…………うニャー!!!」
大混乱して、ファイナはとうとう机に突っ伏した。
「グラディス」
じっとヒビキに見つめられ、グラディスはやれやれとファイナの背を優しくたたく。
「ファイナ、俺が悪かったから起きてくれ。癖って中々治らないもんなんだよな」
グラディスが優しく諭すようにファイナに語りかける。
「うう…グラディスぅ。これから頑張るニャ」
ゆっくりと顔をあげ、目を潤ませたファイナが笑みを浮かべて、頑張る宣言をした。
「よしっ!その意気だ。兄ちゃんも応援してるからな」
グラディスもつられて笑顔浮かべて、血の繋がりはないが、かわいい妹を励ました。
その光景をみて、くいっとメガネを押し上げ、ヒビキは心中思う。
(兄バカと妹バカ…)
 五分後。ファイナによって緊迫な雰囲気をあっけなくぶち壊された作戦会議が続行した。
「まとめると、俺が会議中にグラディスとファイナが動力室まで行ってドカーン、だ。その騒ぎに乗じて俺が抜け出し、例の所で合流する」
「そして、ラスボスを…」
グラディスは言葉の続きとして、首の前で手を引いて切る%ョ作をしてみせる。それにヒビキとファイナが神妙な顔で頷く。
「そんな複雑でもないし、ぜひ成功させよう」
「ああ」
「頑張るニャ!」
そうして作戦は締めくくられた。後はコロニー・オデッセアの地下スラム街の酒場で存分に宴会を繰り広げた。

『ゼイノン・ライ(不明)現在36歳(自称)コロニー・オデッセアの先住人にしてS級市民。多大なる能力を有す神出鬼没の規則破り。現在もコロニーの何処かにいるか不明。なお、この者に関わると不幸な事が起こると実証済みな要注意危険人物。王族コウハと共に育つ。エレーンの子』
 ぱらっとページがめくられた。
『グラディス・ウィント(男)現在17歳。七年前捕虜としてコロニー入り、以後たぐいまれ類稀な才能が発覚し、A級市民の資格を得る。戦闘能力は期待大★三大英雄の一人シュバルツを父に持つ。将来有望』
『ヒビキ・イワミ(男)現在19歳。七年前捕虜としてコロニー入り。以後画期的な知能と軍事能力が認められ、軍事の宣誓ののち、軍人へ転身。現在はコロニー・オデッセアの管理官補佐』 
 落ち着いた雰囲気の中で、ぶあつい本がまた1ページめくられた。 
『アシュウルス・フィギ(女)推定25歳。コロニー外の放遊民として何処かに生存。祖の王イザナの血を引く可能性が高く、魔導・身体能力ともに並々ならぬものらしい。【利用価値AAA】軍に引き入れられれば高い戦力となろう』
長い指が文字をなぞり、右のページへ目を移す。 
『シャラ・エルーレ(女)現在16歳。コロニー・ジュデッカのA級市民。英雄の父と娼婦の母を持つ。戦闘能力・魔導力が並外れた数値を持つ。利用価値は多いにあるが逃亡経験多数の問題児。フレイディーナ王家の直属・イザナ王のヤシャ孫』
重々しい音をたて、ぶあつい本は閉じられた。
「要注意人物のブラックリスト、ですか…。波乱の世が再び訪れようとしているのに、何故人間同士が争わなくてはならないのでしょう」
哀しげに彼女は窓辺に立つ。聖光の森の夜はとても静かだった。数十年前までは手を取り合って大勢の人々が生活していたのに。
「イザナ王、ジスカー将軍、ダンテ、ルガート…。わたくしには貴方がたの築き上げたものの屈折をとど留める術がありませんでした。けれど、わたくしは、せめて貴方がたの子孫を導きましょう。もはや、わたくしにか出来ないことですから…」
森のさざめきに耳を傾け、目を閉じる。
「聖光の森のリブ。その名と故人に誓って、必ず曲折の時代を修正しますっ」
真摯な瞳が夜の闇を射ぬくかのように開かれた。迷いも弱気も、もはやそこにはない。それが聖人と呼ばれるリブが宿命を見つけた瞬間だった。
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