お話

□赤き黒き羽根(旧式)
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 びしっと軍服を着こなしたヒビキは鏡の前に立つ。
「……ここ数年かぶってきた猫の皮、中々はがれないもんだな」
自分の顔を軽くつまんでみて、ひとり呟く。与えられたS級ランクの部屋はとても広いのに、ヒビキの場合異様に物が少なかった。
「ふん。これで終わりだ」
数年、不本意ながらも住んでいたこの部屋。認めたくなくとも、いざ最後だと思うと不思議な気分になってくる。そんな邪気を吹き払い、長い軍服のコートを翻すと部屋を後にした。向かうは軍機密の会議室。
 一方、同じS級ランクの部屋で、女子棟のファイナの部屋
薄地のカーテンから暖かな陽がさす。丸いテーブルに可愛らしい猫の時計が置かれている。カチカチと時を刻むのに、いっこうに鳴らない。
「ぬぬぬにゃぁ…」
フリルのいっぱいついたベットで、毛布から覗く猫耳がぴくりと動いた。
「おーるオーケーにゃぁ」
目覚ましをセットし忘れたとも知らず、幸せそうな寝言と共に身がえりをうつ。
「ぐぅー」
作戦実行の朝、ファイナはずばり、寝坊をしていた。
 そして、グラディスは……
「…どこだ、ここは」
複雑に入り組んだ地下倉庫の一角で迷子になっていた。片手には大まかな図の描かれた地図らしきものが握られているが、役にはたっていないようである。
「くそっ、早く動力炉に辿りつかないと約束の時間になっちまう」
グラディスは焦った。しかし地図が適当過ぎた為、複雑な構造の地下倉庫では全くの役立たずである。本来の計画では、人気のないコロニー最下層であるこの地下倉庫から、コロニー全体のエネルギーを担う動力室にさっと抜け出る予定だ。それが早くも狂わされつつある。
 箱荷が天井高くまで積まれた、得に薄暗い一角にさしかかった時、ふと何かの気配にはっとした。
(!?)
ばっと箱の影に身を潜め、慎重にのぞく。そこには戦闘車に寄りかかり、大きな紙を広げて読んでいるらしい女がいた。頭が俯きかげんで、短髪が頬を隠して顔まではみえない。
(なんだ、あれ)
グラディスは判断に困った。なぜこんな所に女が一人で?一体何者なのか?怪しい極まりなかった。
「まいったなぁ。ドンに教えられたとおり来たら、妙なところに出ちゃったよ」
困ったように頭をかいて、彼女は広げた地図をチェックする。
「えーと、現在地はここでぇ…目的地は上???どうやって上に行こうかなー。なぁ、そこの少年、知ってたら教えてもらえない?」
地図に目を落としたまま、さりげなく彼女が言ったものだから、グラディスは一瞬理解出来なかった。しかし、すぐに自分が隠れていることを見破られたのだと悟る。
(気づかれた!?)そんな、バカな。と彼は思う。上級の軍人にさえ感づかれたことがないのに、しかも今回は自分でもかなり意識して気配を消していたのに、だ。
 身構えつつも、グラディスは謎の女の前に出る。
「……」
「やっぱ思ったとおり、若いね」
地図から顔を上げ、グラディスを真っ直ぐにみつめた。肩に着くかつかないぐらいに切られた黒い髪が顔の右半分を斜めに少しだけ隠す。わずかに髪から覗く右の瞳も、快活そうな左の瞳も黒。綺麗に整われた顔は邪気を感じさせない神聖さがあるような気がした。
「なんだ、お前は」
不思議と気圧されるものがあり、振り払うようにグラディスは鋭い眼差しで目の前の女を睨み据える。
「ああ、気にせず。探検してるだけだから」
「はぁ??」
気さくに帰ってきた言葉にグラディスはぽかんとした。
「つまり、君から言えば外の世界から侵入してきたってことだよ」
「侵入!?この厳重に守られたコロニーにどうやって!」
「ふふ…それは秘密。私にしかできない事なんでな。ところで君、こんな所に潜んでいるのを見るとわけありだね」
屈託のない笑顔で彼女はかみつく少年を軽くかわす。
「おいっ」
「ともかく、私も丁度困っていたところだ。上に上がる順路を教えてくれないかな?この地図は君にあげるから」
さっと彼女が差し出したのは、自分が持っている適当な地図とは比べ物にならない程正確に記されているものだった。
「これは、軍の正規のものじゃないか!?」
グラディスは目をみはった。大きな紙に描かれている図は銀色のインクを使用されていた。管理官のサインも入っている。
「そうなのか?前にお邪魔したところで借りてきただけなんだけど」
「こんなものがあるのなら、上階に上がるぐらい簡単だろ!?」
「そうでもないよ。数十年でずいぶんと文学も風習も変わったみたいでさ、変てこな記号なのか暗号なのかが多くて見ずらい。だから、直接教えてくれるとありがたいんだよ」
「???」
見た目の美しさとは裏腹に、妙にサバサバした女性だ。わけわからん。
「……」
グラディスは悩んだ。彼女の言ってる意味が不可解だが、どうしても目の前の女が敵意を持っているとは思えない。しかも、自分にとってはかなりありがたいものをくれるというのだ。
「わかった…」
そして、グラディスは意を決した。

 AM11:01 動力機関室
≪ぷしゅーぅぅぅぷしゅーぅぅ≫
天井まで繋がっている大きな箱型の機械が、果てしない地下倉庫を思わせる広い部屋に無数にならんでいた。いずれも柱のような円中で、色とりどりのコードに接続され、電子の光を絶え間無く発する。
 大きな荷物をしょって、作業姿の一人が見張りの兵に挙手の礼をした。
「こんちは!毎度どうも、工学研究機関から派遣されたモンです。定期点検に参上致しました!」
活発でおちゃらけた印象が濃い男だった。しかし、その見るに楽天的な性格は戒律厳しい軍のなかに置いては珍しがられ、好感を持たれることが多い。
「おう、ご苦労さん。じゃ、案内するぜ」
かくいう、この若い兵も生来ノリのよい部類であった。ステップでもするかのような軽やかな足取りで機関室のドアをあける。広大な動力機関室には無数な円柱型の動力炉がある。それは常に変わらぬ偉大さを見せつけてくれるとこの兵は思う。だが、今回ばかりは状況が違った。
 まず目についた動力炉は裂けたコードから火花を散らしていた。
≪ぷしゅぉ…ぷおおおおおおぅぅ≫
「いやぁ、ヘンテコな音がしますねぇ。そろそろガタが来てるんですかねぇ」
作業道具一式を背負った工学機関の派遣員は背後から、耳につく嫌な音を悠長に検討した。
「なんだっ、どういうことだ!!?」
先頭を切る兵が分析する間もなく、奥の方から轟音とともに爆発が巻き起こった。かなり奥から起きたそれは徐々に周囲の動力炉をも巻き込み、誘発していく。鉄の片鱗を吹き飛ばし、すさまじい電気の雨をふらせながら辺り一面を炎に彩る。
A級居住区は閑静な階にあった。贅沢な生活を約束される代わりに優秀な遺伝子を求められる、言わば提供者たちの集まりでもあった。しかしつい今しがたの爆音で、人々の騒乱が波のように広がろうとしていた。
 「うっひゃぁ〜大成功にゃ〜!」
そんな事は塵にも思わず、地下倉庫を走りながら軽やかに一回飛びはねた。
「ファイナぁ!!約束の場所に居なかったときはひやっとしたぞ!!!」
同じく全速力で駆け抜けるグラディスは前で喜びを全身に表現している猫耳娘を怒鳴りつけた。ファイナは結局、グラディスが動力炉を誘発するよう仕掛けてそれを見届けた後にやってきた。
「うっ。ごめんにゃぁ。目覚ましが鳴らなかったのぅ」
普段人気の少ない動力炉周辺は居住区からも離れており、上階もない、一戸独立した建物の中にあった。寝坊したと気がついたファイナは大慌てでS級居住区の通気口をはってグラディスとの待合場に辿りついた。だが、その時にはすでにグラディスが一人で全てをやったあとだった。
「今度、目覚ましなしでも起きられる訓練しろ!」
息をきらせながら、グラディスが精一杯怒鳴る。ファイナはびくっと耳を縮ませ、「はぁ〜い」と遠慮がちに返事した。
 広く入り組んだ薄暗い地下倉庫を走り続けた。迷わないで行けるのは、グラディスがここで出会った謎の女からもらった地図のおかげだった。密かに心中、感謝していたりする。ファイナの書いたあの地図に比べればと。
(早くヒビキと合流しないと)
今は地図を片手に持つグラディスが先頭を走っていた。離れずにすぐ後ろからファイナがちゃんとついてきている。
 (この地図では、これが最短ルートだな)
グラディスはぱっと手に持つ地図を見て、前方に人が一人通れるぐらいの小さな鉄扉を確認した。
 やがて、その鉄扉をくぐるとそこはもう倉庫などとは呼べなかった。
「うなぁ!!?」
目にうつるものどもをイチ早く認識したファイナは、世も終わりだといわんばかりに、身もふたもなく絶叫した。
「うわっ」
グラディスも思わず後ずさる。鉄扉を開けた向こうには、やはり扉と同じく、人一人が通れる狭い通路らしきものが一直線にあった。らしきもの、というのも、その細狭い通路の天井、壁、床を蜘蛛の糸が幾重にも張りついていたから。まるで、一人通れる小さな空間を柔らかく包む繭かのように。
 グラディスがペンライトを取り出す。
「なんだ、蜘蛛の糸がどうしてこんなに」
巣を張るのならまだしも、それらは全く無意味に天井や床や壁に張り着いている。そして、それは長い通路のずっと先まで続くようだ。
「グラディスぅ、気持ちわるいよぅ」
ファイナは半べそをかいていた。しかし、ファイナが不気味がるのも無理は無い。それらの蜘蛛の糸は白ではなく、今しがた吸ったかのような鮮血の色をしていたのだから。心なしか、生臭くさえかんじてくる。
「大丈夫だ。ただ赤いだけだよ。魔物の気配も感じない」
グラディスは出切る限りの笑顔でファイナを励ました。
「もう少しでヒビキと合流できる。急ごう、ファイナ!」
グラディスに大きな瞳が潤むファイナは強く頷き返した。
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