お話

□赤き黒き羽根(旧式)
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警報が鳴り響き、多くの防火シャッターが降ろされ、自動消化装置から水が噴出す。動力炉を中心とする連爆がコロニーに広がっていくなか、住人達は慌しく非難訓練の実践をしていた。
 「…っ」
 今しがた一人の男に肩をぶつけられ、なおもヒビキは逃げる人波に逆らって走りずつける。軍機密の会議室のある離れの棟から、ヒビキはS級ランクの区域に素早く移動していた。
 ガーっ と音を立てて下りてくる防火シャッターと床の間すれすれをスライディングで通りぬけ、次々とシャッターをすり抜けていく。そうやって長い廊下を駆けぬけたていった先はS階関所と呼ばれる、上階と下階の行き来を管理する軍人の詰め所がある。各階にあるこの関所で、特別許可証をもらってのみ上下階の往来ができる。しかし、今はガレキに部屋が半壊し、炎が黒い吐息を吐く。黒い煙の中に紛れ、大きな影と小さな影が幾つかあった。ヒビキはやがてはっきりと見えてくる影に思わず立ち止まる。
小さな影に囲まれた、人間の形をしたものは喋った。
 「やれやれ。どいてくれないか。私は忙しいんだよ」
涼しい声だった。
どこからか吹いている風に黒い煙が一瞬押し退けられた。黒煙の合間から覗き見える声の主は黒髪黒目の怜悧な美しい女性だった。ヒビキは知る由もないが、つい先刻グラディスに地下倉庫の地図を渡したひとだ。
≪ぽぅひゅぅぅ≫
奴らはうなりながら、ぽたぽたと床を溶かすよだれを垂らす。
「合成魔獣がなぜここに!!?」
信じられないというように、ヒビキは普段の彼らしくもなく叫んでいた。さっと腰に帯びている剣を抜く。
 例えるならばゾンビのようなどろどろした異形たちに囲まれた女性はヒビキに目を移した。
「少年、これは合成魔獣というのか?合成とは人が作り出したものなのだな。道理で見たこともない魔物がいると思った」
のんきに手を口にあて、女性は考える素振りをみせた。今にも背後からどろどろの異形が襲いかからんとしている。
「あぶなっ…」
反射的にヒビキが叫ぶが、その声は豪風にかき消される。強風を避けようとかざした腕から垣間見える一瞬の出来事。
それは、背後から襲いかかる異形のみならず、回りにいたどろどろ達も風の凶刃にあっけなく肉片へと変わった光景だった。
ヒビキは虚を付かれ、まじまじと彼女をみた。
「低能なものだな。人間がこのような物を作る日がこようとは…」
伏せ目がちに異形の残骸を見下ろす彼女の顔がとても悲しげだった。全身に風をまとわせ、ピリピリした並々ならぬ魔力の波動をヒビキは全身に感じていた。こんな能力を持つ人がこのコロニーにいたか?
「あなたは一体…」
「少年、自己紹介はまだ早いようだぞ」
と遮る女性が示す所に巨大な影がのっそりと動いた。それも、先ほど遠目にみた大きな影一つだけでなく、続々と壁の崩れた隣部屋からそれらは溢れ出していた。
「そうか、魔獣保管室が関所に隣接していたのか」
それならば納得とばかりに、ヒビキはくいっとメガネを押し上げる。連爆反応によって関所までが破壊され、隣部屋とを隔てる壁がもろくなったのをきっかけに、合成魔獣達が一気におしだされたのだ。
「少年、下層にはおりられそうか?」
落ち着いた、女性にしては低めの声で彼女は隣の若者に尋ねる。ヒビキはざっと関所を見まわす。崩れ落ちた壁や機材が下への出口をふさがっている。
「無理だ。唯一の扉があのザマだからな」
のっそりのっそりと床を這う不気味な音の正体を視界の端に捕らえつつ、神妙な顔でヒビキは右斜め前方の瓦礫の山を示す。
「ふむ…あそこが出口か」
――ドッーン
重々しい大音とともに建物が大きく揺れた。
「またか」
「また?」
剣を構え、まっすぐ前を見据えたままヒビキが言葉だけを隣に投げかける。
「君はむこうから来たから知らないのか。先ほどから何十回と爆炎があがっている。ここもいつ火炎小獄になるとも限らない」
 巨体から白い糸が吐き出された。その速さにヒビキはさっとよける。ヒビキが今しがた居た地面を鋭く糸がえぐった。驚く間もなくよけた方から別の巨体がまた糸を吐きかける。
(ちっ、ただの糸じゃないとは思ったが…)
今度はよけ切れないと判断したヒビキは糸が目の前に来た瞬間、剣を一閃させ糸を断ち切った。
「ほー、いい切れ味の剣だな。私の剣は切るというより叩くこそ向いてるからなぁ」
女性は少しうらやましげに呟きつつ、左腕に踊るかのように巻き付く緑色の風を躊躇もなく迫る糸の束に打ちはなった。
 石敷きの床すら粉々にする糸は更に鋭い緑の風によって切り裂かれる。ぱらぱらと白い糸がかすかな炎と煙のあがる部屋を舞う。
(風の魔導師か。個人の属性とはいえ、ここまで風を自由に操れる者も珍しい)
横目に女性の手際に感嘆しつつ、ヒビキはあちこちから迫り来る糸をよけ、ときには断ち切りつつ巨体に切りかかった。その時、関所に隣接した魔獣保管室が轟音とともに赤い爆炎を吐き出した。その豪炎は糸を吐き出す巨大な生物を直撃し、切りかかったヒビキをも巻きこまんとする。
(くそっ)
ヒビキはとっさに顔をかばうが、そんなことでこの爆炎の直撃を防げないのは解っていた。
肌を焦がす熱火を覚悟した。が、いつまでもこない熱波に、怪訝に目を開ける。
 (………ん?)
青く漂う薄っぺらいものが炎を押し留めていた。ヒビキ自身に魔力はないが、魔導の知識はあった。だから、これが水の魔導とすぐに理解した。(一体誰が?)
この世界の魔導師はたいてい素質により、一属性の魔導しか扱えないのが一般だ。しかし、他の気配はしない。となると…
「少年。道は出来たからおりるぞ」
動揺が微塵もない、落ち着いた低音の声がした。その方に目を向ければ女性が関所の下階への出口の前に立っていた。扉をふさがっていた瓦礫は両脇にこなごなとなって転がり、扉もひしゃげた形で開かれている。何時のまに、とは思ったが口には出さずヒビキはさっと動いた。水の壁が炎を遮り、それによって作られた道を彼は颯爽と駆け抜ける。
「先におりなさい」
女性はヒビキを先に出口に押しやり、自身は左手を軽く振り上げた。すると、ヒビキの為に道を作っていた水の壁は大きく膨張し、まるで津波の如く、今まで押さえていた炎に降りかかった。じゅーっという水蒸気の立ちあがる音に、部屋中が熱気に包まれた。しかし、隣部屋から、この関所の半分までを埋め尽くしていた炎は跡形もなく消えうせていた。
(見事だな。風だけでなく火と水が扱えるとは、信じられんな。いや、全属性をもつ魔導師がいるのも噂にきくし…)ヒビキは神妙な顔で女性をみた。
 合反する属性の反発が激しいこの大陸で、魔導師と呼ばれる人々は火・水・風・土・氷・雷・闇・聖のうち一属性しか扱えない。しかも闇は魔族的な力が強く、人間が扱えるものではない。だが、これらの属性を全て持つ人間が過去に一人、現在に一人と存在するのもまた事実だ。過去の一人は魔導を発見した聖君とされ、現在に生きる一人は殺戮と破壊の化け物として魔導師や反乱軍のうちで有名なはなしだ。そんなことから、ヒビキが導き出した考えは三種類(しかも最も反発する属性同士もあり)の魔導を使える人間も現れたのだろうということだ。さすがに全種類の属性を扱える希少で奇跡的で化け物的な人間がもう一人いるとは思ってえない。
「消火完了。さて、行こうか少年?」
ほがらかでいて純粋な、万人を惹きつけるような笑顔で女性はヒビキを振りかえった。ヒビキは眉をひそめた。何とも表現し難いが、頭にひっかかって妙に気になる笑顔だと思った。
「どうした。ここに長居でもしたいか?」
妙な焦燥ともどかしさにかられているヒビキは、怪訝な顔で自分をみる女性の声に我に返った。
「長居だなど、とんでもない誤解だ」
「そうか」
女性は悪戯めいた顔で目を細めた。さっきの至上の笑みとは違って、活発な明るさと愛嬌のある表情だった。
 魔導であけた下階への道は階段になっていて、ヒビキと魔導を使う女性はひたすら降りて行った。その間に互いを詮索することはなかったが、単純に興味を抱いていたのは両者とも同じだった。
「それではな、少年。なかなかいい太刀筋だった。昔私の剣の師をしていた騎士を思い出させられたよ」
そう言って名乗りあわないまま女性はA級地区をヒビキとは別の方向へと去っていった。
「騎士?いつの時代のことだ」
ヒビキは女性の言動を訝しむ。今の時代では徹底されたコロニーの中の軍人による支配だ。騎士などがいたのは大昔、地上がまだ汚染されていなかった頃のはなしだ。だがヒビキは考える場合ではなかった。すぐに気を取りなおしてグラディス、ファイナと合流する場所へと向かった。そこからコロニー最高司令官にして将軍の居室を目差す為に。
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