お話

□赤き黒き羽根(旧式)
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AM11:06―軍機密 会議室―
「ご報告致します!5分と40秒前よりA級居住区の動力炉が原因不明の爆発を起こし、今なお連爆を続けております」
また一人の兵士が言った。
「A級市民において、現在の確認では連爆に巻きこまれた事による死傷者は20人に上るかと推定されます」
会議室を歩き回り、いきなり立ち止まるといかつい顔で振りかえった。
「これはいったいどうしたことだ!?」
体躯のよい、まだ三十代と思われる将官は苛立たしく、報告にやってきた部下に問う。しかし、原因など彼等に知り様はずもなく、互いの顔をみあわせるばかりだ。
 そんな難儀な兵士に助け舟を出したのは長い会議用の机の特等席に腰掛けていた、中止された会議の主催者だった。
「大佐、そう熱くなることはない。少し落ち着けば論理的かつ迅速な対策もたてられよう」
そういう本人は瞑想するかのように穏やかな表情で目を閉じて両手を組んでいた。その姿は器量の大きさをおおいにあらわしていた。年齢が三十代の大佐よりも若々しく見えるにもかかわらずに威光があった。
「はっ、失礼致しました。管理官どのに御見苦しいところを…」
「いい。それも仕様のないことだ。イワミ管理官補佐も調査に出向いた。後は皆に確実な指示を与え、的確かつ俊敏に原因をつきとめろ」
「了解!!」
びしっと大佐、その後ろの2名の部下が背筋をのばした。その様子を管理官は目も開かずに頷いてみせた。
(ヒビキ・イワミか。よい補佐であったのだが……)
管理官リーフ・シュドイドは心底から惜しいと思った。このとき、彼にはこれから起こる一騒動が予見できていたのかもしれない。
大佐とその部下たちがリーフの命令を実行すべく退室すると、彼は目を開き、会議室にいる数名の内の一人に言った。
「トレイン少将、今回の会議の案を提出したのは君だったね」
「はっ。左様であります」
特にこれといった特徴もない、人畜無害の平凡な中年男性が軍服を纏ったようなトレイン少将はその外見からは想像できない野太い声で答えた。
「私はこれから私室でお休み中の将軍殿に事の報告と指示を仰いでくる。後の会議の進行は君が務めたまえ」
わざわざ将軍に次ぐ地位の管理官が直接行くこともあるまい―それに、いつもならわざわざあの将軍に指示を仰ぐ前に管理官殿が全て片をつけるではないか―とおもった。が、有無を言わさぬ迫力にトレイン少将は気合の入った返事をかえすしかない。
リーフが立ちあがると会議室にいた他数名の上級仕官も起立し、敬礼した。リーフは軽く退出の礼を返すとそのまま颯爽と立派な造りの扉をくぐって行った。

 赤い背景。黒い煙が視界をかすんでいた。肉がとろける音と焦げるような嫌な臭い。長い刀の刃先からは灰色の液体がしたたり落ちていた。少年はふうと安堵の息をはいた。
「やれやれ。まさかこんなのがいたとはな」
びゅっと刀を一振りして液体をとばすと鞘に戻した。
「グラディスのウソつきにゃぁ。魔物の気配はないとかいって、いるじゃないの〜」
ファイナは目をうるうるさせてグラディスにくいかかった。
「うっ、悪い。あまりにもこいつが自然に隠れていたもんだから」
少年は弁解し、困ったように微笑む。
「うう〜こわかったよ〜。もうすこしで巨大蜘蛛に食われるとこだったにゃぁ」
ファイナは今なお頭を抱えていた。あの蜘蛛の大きさときたら、おぞましさときたら、よだれをたらしてファイナをみたいやらしさときたら…。
「さ、さぁ、行こうか。蜘蛛はもう溶けて消えたんだから。ヒビキが待ちくたびれてるぞ」
グラディスは沈み込むファイナを励ます為、慌てて顔をひきしめてやや厳しい口調で諭した。
「ううう。わかったにゃぁ」
弱々しげに、しかしはっきりとファイナは答えた。
赤い糸の細い通路には、それに相応しい者が住んでいた。その住民を足元にひれ伏させて、彼等は目的の為に前身する。
AM11:13
 くすぶる炎に焼かれた残骸と煙のなか、その人影は物珍しげに辺りをきょろきょろと眺めながら歩いていた。人がみれば不審極まりないが、連爆に巻きこまれたA級市民生活区では誰一人と人は居なかった。皆上階のS級市民生活区かもしくは下界のB級市民生活区かに避難していることだろう。身分制度は厳しいコロニーでは上下階の行き来には大きな制限があるが、緊急時はやむを得ないとしている。
「うーん…」
煙にまとわりつかれた細い影が、考えこむようにうなった。
(あの子がこれを造ったのか。賢くなったんだなぁ)
しみじみと感心した。
(あれから続く未来をこの目でみれるとは思わなかった)
今は金属があらわになり、亀裂の入った、元は白かったであろう黒焦げた壁に手をついた。まるで、何かが目の前をよぎって、眩暈がしたかのように額を壁につけた。
「?」
くすぶっていた天井の破片がぱらりと落ちた。
影は壁からさっと手を離すと前方に目を向けた。そこにはこちらに近づいてくる大きな影がいた。相手から見ても自分も影であろうが、視界に入るまで気づかなかったなんて、相手は相当なつわものだろうと思った。
「そこにいるのは誰だ?避難し遅れたのか?」
くすぶる炎と残骸のなかから、煙を裂いてだんだんとあらわになってくる大きな影の正体。隙のない身動きと凛々しい顔つきに威厳を張りつけていた。
「おや、A級市民じゃないな。君は何者かね。」
大きな影――長身に白い立て襟の軍服をまとったせいかん精悍な男性、オデッセアコロニーの若き管理官リーフ・シュドイドその人であった。
「……」
自分の管轄する人間は皆覚えているであろう、管理官の鑑とも言える彼に、細い影は無邪気な微笑をむけた。脇へよけた煙が細い影の顔を更に明確にさらした。
「これは…」
リーフは感嘆の吐息をついた。
なんと美しく高潔な微笑だろうと思った。思ったが、無論表情には塵ほどもでてはいなかった。言葉を出せないでいる間に細い影―短い黒髪の女性は唇を開いた。
「さすらいの探求者だとでも名乗っておこう」
侵入者なのだと白状した言葉、何故かふてぶてしいまでに堂々と胸をはっていた。だが、それよりリーフが感心したのはその声の明瞭さだ。まるで、岩から滴り落ちた雫が、穢れのない地底の湖面に落ちて散ったような、そんな連想をさせる、低く、冷たく、綺麗な声ではないかと。
一つ間をおいて、リーフは気を取り直した。
「探求?侵入した反乱軍の者かね。今ここで捕らえられても文句もいえんぞ」
女性は頭を左右にふり、馬鹿馬鹿しいという態度を示した。
「ふぅ。ばかな。私が今更そんなしがらみにくっついてどうする」
探求者≠ニ自称するだけに、深い知識を映すかのような黒曜石の瞳はリーフの目を捉えてはさない。
「どう言う意味だ。何にも属さない者だというのか?」
ひとりごとのようにリーフはつぶやいて、何かが頭の中で引っかかっていた。その何かを考え出せないうちに、女性は答えるように唇を笑みにつりあげた。
「少なくとも敵ではないよ」
「味方でもないが、か?」
探るようなリーフにさすらいの探求者≠ニ自称する女性は笑顔でもってこたえた。
「君が何者でも、この際は関係ないな。この私の管理するコロニーにこうも簡単に侵入され、闊歩される事実の前ではな」
リーフの全身を活発な生命力のような気が駆け巡った。闘気ではないが、不審な者を捕らえる為、戦闘もやむを得ないという気迫の現れだろう。
「まったく、堅物のままか。」
まいったなとでも言うように、女性は顔にかかる黒髪を無造作にかきあげた。その仕草はサバサバしていた。
「たしか、口癖は論理的・冷静的解決だったな。けれど、平和なお話し合いで通してもらえそうもないときた」
記憶から手繰りよせて確信している口ぶりの彼女に、リーフの中で言い知れぬ不安と警戒の鐘が鳴り始める。初めてあうこの女性の口ぶりが妙に耳に馴染む。何故かなど知る由もない。だから、余計に不安になる。
「私を知っているのかね?だが、私は君を知らない。何者で何の為に危険を侵してまでも侵入してきた。大人しくしてくれるなら私とて手間がはぶける」
威風堂々と言ってからリーフは思った。
(この女は鬼門だ。思慮深げな瞳はまるで鏡そのもの。他者の心を鮮明に見透かし、自身の本心は決して映さない)
そんな内心の動揺に気づいたのかは不明だが、さすらいの探求者≠ヘ悪戯めいた表情で人差し指を口の前で振った。崩れ落ちた天井や壁の瓦礫が足元に転がって、せわしく煙を吐き出しては火花をちらつかせている。
「ひ・み・つ・だ・よ。貴方は何も知らなくていい。今の生活を続けたければ尚のことさ」
脅迫めいたセリフなのに、何故か哀愁の翳りがあるような気がしてリーフは怪訝に女性をみた。
「訳がわからんな。だが、大人しくするつもりはないという事はわかった」
その口調は不可解と言っていた。
「それだけ解れば十分だ」
尊大な態度とバカにしたような笑顔も加わって、リーフは絶対に捕まえてやると決意した。
一気に場の空気が緊張していった。ぴりぴりとしたプレッシャーが膨張していく。その緊張の糸が切れた時、どちらが先に動くのかで結果も大きく変わると二人は感じていた。 
二人の近くだった。
A級市民の部屋の入り口を務めていた、ひしがれた金属扉が一瞬ふるえた。
――瞬間、高熱を発する爆炎が自己を主張する為に金属の扉を軽々と吹き飛ばした。
轟く狂音、相次ぐ炎の連射――――熱い火の粉が頬をたたくが二人ともぴくりともしない。
近くの天井から何かが赤い衣をまとって落下した。地面で砕け、赤い粒子を飛ばした。
その熱風に女性は目を細めた。
A級市民の一室から飛び出た荒々しい主張者は留まることをしらず、勢いは止まらない。
 リーフは身構えた。すぐにでも懐から電撃銃がぬける用意ができている。
背後では部屋から飛び出た爆炎が廊下を這うように疾走する。
 女性は床を蹴った。足元に転がる障害物をよけながらリーフに向かっていく。
 リーフの反射的に抜いた電撃銃から、ビリビリと怒り狂う稲妻が女性に疾走する。
 女性の目前、リーフの背後では廊下を横断した爆炎が黒い足跡を残し、合い向かいの部屋の扉も押しのけ、強引につき抜けていき、更なる爆発を誘った。辺りの温度が急上昇した。黒い煙が視界を遮る。
 女性は襲い来る雷撃を避け様とはしない。身をひねり、左に大きく振り上げた右腕が、纏いつく黒煙を切り裂いて勢い良く払い落とされた。
 見えない刃だった。壊れかけた壁は切り刻んで瓦礫に変えて勢いを増し、半壊の部屋は更に跡形もなく吹き飛ばされた。雷撃銃の稲妻はまるで子供のおもちゃのように、あっけなく消される。
 周囲を容赦なく巻き込みながら威力とスピードを増す暴風がリーフの目の前に迫った。そのまま彼を飲みこむかと思われた瞬間、暴風はリーフの両脇を避けて通りすぎた。
「ふう…」
リーフは深く息をついた。咄嗟に張った防御壁だったが、それを維持する為にこれほど力を消耗するとは思わなかった。
(なんという威力か。一般の魔導師では束になっても適わないだろう)
リーフは全コロニーの内外で知られる射撃の名手であるとともに、魔導においては上位に名を連ねる実力者でもあった。
(私と同等か、もしくはそれ以上の使い手に違いあるまい)
リーフは目を伏せた。脳裏に爆風とともにリーフの横を過ぎ去った謎の女性の姿がよぎる。結局正体はわからず、解るのはあまりにも強く、挙動が不審で不可解であることだけだ。リーフのなかで更なる興味と畏敬の念が強まった。
「どっちみち、もう見つかるまい」
女性の気配は完全にこの場からきえさったのだから。
リーフは周囲で連爆を起こす部屋を無視して、A級市民区から空中渡り通路で行ける全コロニーの支配者の部屋を目指した。別にその部屋の主に会いたいわけではない。
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