お話

□赤き黒き羽根(旧式)
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 さっと手があがった。
「これはイワミ管理官補佐殿!」
かしこまって敬礼する下仕官にヒビキは頷くと、下仕官は休めの姿勢をとった。
「ジル警備隊長、状況はどうなっている?」
ヒビキはもっともらしい顔で部下に説明を求めた。
「はっ。御覧の通り、A市民は上下階に避難させる最中であります。」
ジルは目線だけ動かして、一角を示した。非常事態に備えての脱出路で、警備兵に指示されながらA級市民区の住人が列を作っていた。爆発に巻きこまれたのか、黒焦げた元人間であったものが担架で運ばれている。立っている者もすすで汚れて、服が黒焦げたり、酷い火傷を負っているなど凄惨なる状態だった。回復魔法が使える者は懸命に負傷者の手当てをしている光景もあちこちにみられた。それらを一瞥してヒビキはジル警備隊長に向き直った。
「被害は?」
「死者13名、重傷者9名、行方不明者5名が現在確認されています。」
もしかしたら重傷者や行方不明者の中から死者に回る者もいるかもしれない。ヒビキは目をそらさず、冷静に受けとめようとした。それでも胸につかえるものがあった。
「また、予備動力炉の調節も着々と進み、間もなく作動が可能になるかと思われます。」
(これが、俺達のした事の結果だ。だが、悔いはしない。例え、死んだ者達に恨まれ憎まれようと、俺達は復讐をやめるわけには…)
そこまで考えて、内心では皮肉に嘲笑う声を聴いた。結果的に命を落とした人々がいて、その身内もまたヒビキ達がもつような哀愁憎悪を彼等に向けるだろう。ヒビキ達がそれを向けようとしている人物に対するように。
(ふっ…これが憎しみの連鎖、悪循環というものか)
「補佐殿?」
黙ったままのヒビキにジル警備隊長は、指示を伺うように声をかけた。
「そうか。この場は警備長に任せる。私は一応予備動力炉にも顔を出してくる」
「それならば、部下をつかわせますが」
警備隊長は辺りに目をはしらせた。彼の部下たちは脱出路に避難民を誘導したり、怪我人の介抱などにおわれていた。
「余計な人員をさくことはない。それに、私がじかに見てこなくては管理官殿からお叱りをうける」
「ご苦労様であります!敬服致す次第であります!」
ビッと背筋を正し、本当に心から尊敬の念をたぎらせている警備長に、ヒビキは苦笑をかみ殺しながら礼を返し、その場を去った。この警備長は真面目で有能な男だ。だが、少々融通が利かない。ごまかすに限るとヒビキは以前から適当なあしらい方を身に着けていた。
(まずは予備炉の手前まで、焦らずにいこう)
足が向かうのは予備動力炉方面。しかし、そこに行く気などさらさらない。
(その近くは将軍専用の空中庭園。そこでグラディス達が待っているはずだ。そこから空中通路をまっすぐ行けばいい)
A級市民区の階に将軍の庭から私室へと繋ぐ道がある。コロニーの棟と棟を繋ぐその道を空中通路と呼ぶ。将軍の私室があるのは隣の軍事用棟の最上階。名の通り、軍関係者のみが使用する各施設の整った特別棟である。軍事用棟の最上階が丁度、今いる棟のA級市民区がある階と同じ高さなのだ。
(ガレイ…今日こそはその罪を償ってもらう)
ヒビキは脳裏にうかぶ、焼きついた凄惨な映像と心からの憎悪の暗さ、重たさに唇を硬く引き結んだ。
――その頃
窓から陽射しが容赦なくさしこんでいるのに、そのカタマリはぴくりとも動かなかった。
誰かがドアを叩いた。しかし何の音も返らない。不審に思ったのか、外の訪問者はドアを開けて中をのぞいた。
白い布団の芋虫がベットに転がっていた。その隣には丸っこい物体がいびきをたてている。
「……」
瞬時に状況を察した訪問者の額に青筋が浮かんで行き、すーっと息を吸い、
「起きんかぁ――――っ!!! 」
部屋中を思いっきり震撼させる怒声と共に吐き出した。
朝の発声練習の記念すべき第100回目であった。
「ぽっわ!?」
まず飛び起きたのは白い生物、ぽわお君である。
「はえっ〜??」
続いて白い固まりはもぞもぞと動いて、まるで亀のように頭を突き出した。
「なんだぁ…サイド君かぁ。あと一日寝かせてぇ〜…」
寝癖あたまで寝ぼけ眼の、この反乱軍支部長カリストは迷惑げで、また頭を布団に戻そうとする。
「このアホンだら!!!そんなに寝たけりゃ、今すぐ永眠させたろかぁっ!!?」
「んんん…それでいいから静にしてよぉサイド君…」
「おう、このタコ!さばいてやるっ」
怒り心頭の支部長補佐殿は机上の果物ナイフを掴み取る。
「わわわぁ!!殺人はいけません!殺人はダメです!!落ち着いてサイドさんっ」
今にも白い芋虫にナイフを突きつけんばかりのサイドを慌てて押し留めたのはリギという名のまだ年若い隊員だった。
「止めてくれるな、リギ!このボンクラは一度死んだほうが世のため人の為にだなぁ…!!??」
「ほら、混乱してますよ。落ち着いて!!!」
じたばたするサイドを懸命にリギは押し留めるのであった。この反乱軍の朝はいつも戦争だった。
一時間後
「ふぁーあぁ。全くもう、サイド君のおかげで寝不足だよ。どうしてくれるのさ?」
歩きながらぶつぶつと不平をもらすカリストにサイドはきっと睨みつけた。
「テメーは寝すぎだ!昨夜は9時に寝たんじゃねーか!!」
「違うよ。そのあと深夜0時に起きて、午前三時まで夜なべ仕事をしてたんだぞ」
それでも8時間ぐらいは寝ていた。
「ウソこけっ。お前が仕事なんぞ…」
するわけねぇっと言いかけ、ふと疑問。
「夜なべって何してやがったんだ」
「うーん…お勉強の研究レポートかな」
考えるように人差し指をあごに突き当て、空を仰ぐ。
「なんだそりゃぁ?」
サイドは眉根をよせ、怪訝な声と表情を目いっぱいあらわにする。
「ま、ちょっとね。結局ししょーの定期試験の途中でこっちへ来ちゃったから自主研究の一つもしとかないと殺されるかも〜ってとこかな」
「お前の師匠に同情するぜ…」
「なんだよ、サイド君、失礼しちゃうなぁ。ししょーの何がわかって同情するなんていえるのさぁ」
ぷーと頬を膨らませた。もう二十歳を過ぎたものとも思えない幼い仕草は無邪気でいて、身長181cmの男子としてはいささか唖然とさせられる。
「お前みたいな不肖な弟子を持つ時点で充分、人生の不幸に足をつっこんでんだよ!!」
「いいや、違うね。人生を楽しく過ごせると思うよ!」
「ぽわっ」
頭上のぽわお君も頷く。
「…その根拠はどこからくるんだよ」
サイドは疲れたように息を吐き出した。
「ところでお腹がすいたね」
カリストは空を仰ぐ。丁度陽射しも真上にきていた。
「お前はさっき食ったばかりだろ!」
「さっきのは朝ご飯。今度はお昼ご飯にきまってるじゃないか!さーて、食堂に行こう」
くるっと方向転換しようとするカリストの襟首をがっしりとサイドは掴んだ。
「テメーはごくつぶしになるつもりか!?いいから、訓練所にいくぞ。おまえ支部長
あての伝令使が来てるんだ!!」
実は伝令使がやってくるという連絡が先に入ってきていた。それを伝えるべく、サイドが支部長の部屋を訪問したわけだが、以下は知っての通りカリストは白いもむしと化していたのだ。
「そんなん、こっちは頼んでないのになぁー」
「ぽぉわぁ」
襟首から引きずられながらカリストは頭上にいたぽわお君を肩にのせた。
「ああもう、黙ってろ!!」
いい加減無為な問答にうんざりしたサイドは厳しく言い放つ。先ほどのサイドは肩を怒らせてカリストをたたき起こし、着替えさせて、軽い朝飯としてトーストを口につっこんでやった。その時に丁度、伝令使が到着したという知らせをうけたのだ。だからこうして息づく間もなく部屋からでたのである。
カリストは小さく吐息をついた。
(はーあ。サイド君ってばアッタマ固いなァ。はげちゃうぞぉ――)
ふと眉をひそめてみた。
(しかし、伝令が来たという事はもしかして、何か仲間内で動きがあったのかな?とすると…)
「ああくそっ。なんでこんなんが支部長になったんだ…」
サイド君の悲痛なぶやきを効果音にしつつ、カリストは引きずられつつも、頭の中では思考を交錯させていた。
(そろそろ…だねっ太陽さん?)
青空に輝く太陽はカリストの視線に答えたのか愉快げに光を屈折させた。小さな雲がゆるやかに流れ、心地いい風が吹く平穏な昼下がりであった。
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