夢の中へ

□もしもシリーズ
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もしもクロロに娘がいたら

その日、クロロが最近から仮宿にしているマンションに戻ると置いた覚えのない置物がおかれていた。
怪訝に思いながら少しの警戒をして近づくと、その置物は可愛い女の子の人形だった。
長い睫はふっくらとした桃色の頬に陰影を作り、黒い髪は夜空に散る星を連想させる艶やかさ。
黒いレースのゴシック風なドレスを身につけ、足を投げ出して大理石の床に座っている。
その小さな身体がよりかかっているのはクロロの部屋のドアだ。
いかにも高名な職人が丹精こめて作ったような、最高級のビスクドールをクロロは拾い上げた。
「ふむ…やけに精巧な人形だな」
片腕を掴んでいるから妙な姿勢でぶら下がった人形は案外大きく、近くで見れば見る程どこか人を惹きつける不思議な魅力があった。

クロロは伏せられている瞳は何色だろうかとふと気になった。
けれど陶器製の人形がまぶたを開けられるはずもないと気づき、気の迷いを振り払う。
誰が何を意図して何のしかけも罠もない人形を、自分の部屋の前に置いていったのかは知らないが・・・。
クロロがこのやけに出来のいい人形の扱いを思案していると、空気が揺らいだ。
片手を掴んだままぶら下げていた人形とばっちりと目が合う。
・・・・

さすがのクロロも内心で驚いた。
顔に出さないあたりはさすがとしか言いようが無い。

なんてことはない。
人形だと直感していたものが人間の女の子だったというだけのこと。

その人形のような小さな女の子はにっこりと笑って、クロロに手紙を差し出した。

『貴方の娘です』
と封筒に書かれていた。

クロロは言葉を発しかけて押し黙ることとなった。


玄関先でいつまでも睨めっこしていても埒があかないので、
子供を掴みあげたまま部屋へと場所を変えた。

ソファで手持ち無沙汰に足をぶらぶらさせている子供をジロリと睨み、
クロロはふざけた手紙をテーブルに放った。

「お前…俺の娘なんだって?」
「うん。よろしくね、えっとパパ?」
「パパじゃない。クロロだ。…お前幾つだ?」
「パパはパパでしょ?えっと今年で5歳になるよ」
「・・・」
クロロは沈黙した。
それは身に覚えが全くなくもないからだった。
「ママがね、大金持ちと結婚して新婚旅行で世界5週ぐらいするから、これからパパに面倒みて貰いなさいって。だからね、えっと、ふつつかな娘ですがこれからよろしくお願いします!」
それは嫁にいく時の常套句だろとか、あの女次あったら殺すとか物騒な事も頭の片隅で渦巻きながら、クロロは再び思考の海に沈みこんだ。

クロロ=ルシルフル若干20歳。
未婚ところかこれからって時に子持ちとなる。

客観的に自分を評して、クロロは冗談じゃないと思う。
だがしかし・・・
テーブルに放った手紙を宿敵の如く怨嗟の篭る眼差しで睨みつける。
いくら殺気を向けたところで書かれているふざけた文章が消え、全てが夢か幻でした、
なんてことにはならない。





親愛なるトロロ=フルフルさん
(誰がトロロでフルフルだ!結局名前を覚えなかったかこの女は!)

いつぞやに頂戴した貴方の遺伝子と科学の結晶が遂に奇跡を生み出しました。
(そういえば昔、研究に使いたいとかなんとかで提供したような)

これで学会に華々しくデビューを飾ろうかとも思いましたが、
気持ち悪いくらいに…いえ、あまりにも貴方に似すぎてしまいました。
(手紙で言い直す意味はあるのか?!)

知り合いをさらしモノにするにはどうにも気がひけたので育ててみたのですが、
とっても可愛く育ったでしょう?
(ペット感覚だなこの女。本当にいい度胸してる)

それで、本題なのですがこの度わたしく結婚することになりましたの。
(その語尾のハートマークはやめろ)

以前からわたくしの研究に多大な援助をしてくださった大富豪の方で、ちょっぴりふくよかな所がとっても素敵な方です。
(…ちょっぴり?ドアにつっかえるような横幅がか。感覚が一般と大幅にズレた女だったな。…これはもしやノロケか?)

子育てもひと段落したことだし、これからは自分の幸せの探求に人生をかけたいと思っています。
あらゆる方法を駆使し、貴方の居場所を突き止めたのであの子を送ります。
ご自分の子供はご自分で育ててくださいね。

かつて貴方のあこがれたマドンナより

もう一度読み直して今度こそ破り捨てたい衝動にかられたが、クロロは持ち前の理性を総動員させてかろうじで押しとどまった。

何があこがれたマドンナだ。お前が勝手につきまとって来ただけだろうが!
しかも研究の材料目的に!
それを知らぬ間に俺の子供なんぞ作って、手に負えなくなって押し付けてくるとはどういう了見だ。

最初から最後までふざけてない処など見当たらない文章に、
クロロは怒りを通り越し終いには脱力感に襲われた。

そのときヒラリと一枚の薄紙が舞い落ちた。
手紙の間に挟まっていたらしいそれを取り上げ、目を通す。
見る見るクロロの目が驚愕に見開かれる。

ちょこんといい子なお座りをしている、よく見れば自分の子供の頃とそっくりな女の子はクロロの一挙一動を興味深く見守っていた。
クロロは薄紙と女の子に視線をさまよわせ、最終的に女の子に固定させると眉間に皺を寄せた。
「お前、血液型はなんだ?好きな食べ物は。あとは…」
唐突に質問をしていくクロロに、女の子は次々と快活に答えていく。

やがてクロロは不本意ながら、本当に不本意ながらもこの少女を認めるしかなくなった。

少女の答えた血液型も、好きな食べ物もクロロと全く同じだった。
その他沢山の質問も微妙な差はあれど、だいたいクロロと似通っていたか、
子供時代に覚えのある答えばかりだった。
いくら血のつながりがあっても、普通子供がそこまで親に似るなんてことはありえない。
しかも片一方にばかり偏って。
(まるでクローンのようだな)
薄紙にはクロロとこの少女の遺伝子情報について報告された書類だった。
その遺伝子情報、性別以外はまるで鏡あわせのように似通っていた。
全く同じではなく、多少は生みの母の遺伝子も混ざっているからクローンとは言いがたいのが唯一の救いなのかどうなのか。
(あの女、一体どういう作り方をしたんだ)

にっこにっこと何がそんなの楽しいのか――あるいは嬉しいのだろうか――女の子は始終笑顔を絶やすことなくクロロを見つめていた。

クロロは重いため息をこれみよがしについた。
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