犬妄想文格納庫。
□枯れた声で君の名を。
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会えなくなったのは、余りにも突然で。
実感という物が全く湧いて来なかったんだ。
もう、会えないとは知らずに。
初めの数日は、まだまだ事の重大性に気付けずにあいつが俺の目の前から消えてしまった事、そして井戸を通り抜ける事が出来なくなってしまった事に対してそんなに感情と言う物は無かった。
いや、寧ろ考えられなかったのかもしれない。
暫くしてやっと首を擡げた感情は、
…憤り。
かごめに、会えない。
井戸を通り抜けられない。
かごめが、居ない。
二度と二つの世界を行き来出来ない。
かごめが、消えた。
あの不可思議な世界に行けない。
かごめが、来れない。
俺とかごめが、会えない。
もう、共に生きて行く事は出来ない。
井戸は閉じた。
これで良かったんだ。
あいつには…かごめにはこれで良かったんだ。
あいつには、あいつの事を思う家族が居る。
俺なんかが取り上げちゃいけねぇんだ。
もう、忘れよう。
頭から切り離せ。
そう、思う。
思うのに。
思いたかった…のに。
何でだよ。
如何して笑顔が消えない?
如何して忘れ様とも忘れる事ができねぇ?
俺に、あいつを失った俺にこのまま、忘れる事さえ出来ないまま生きて行けとでも言うのか?
冗談じゃねぇ。
忘れたくない、忘れたくない、忘れたくない、忘れたくない、忘れたくない。
もっと一緒に居られる筈だった。
ずっと一緒に…共に生きて行くと。
忘れられえる訳がねぇ。
「かごめ」と言う名前が好きだった。
その名を呼ぶだけで、お前が笑って振り返る。
その名を呼ぶだけで、心が軽くなる気がした。
その名を呼ぶだけで、自分の居場所があると言う事をを確認出来た。
その名を呼ぶだけで…。
「か、ごめ…、かごめ、かごめえぇぇぇええ!!」
夕闇が支配する世界に、咆哮が響く。
幾度も愛しい少女の声を繰り返しては、喉が潰れる程の声で切なく吼える。
愛しくて愛しくて愛しくて。
会いたいのにどうしようもなくて。
それなのに自分に出来る事は何も無い。
有るとすればこの様に、無様と言われ様とも愛しい者の名を叫ぶ事しか出来ない。
待ってる事しか、出来ない。
そんな自分が哀れで、惨めで、情けなくて。
何時しか少年の頬には一筋の雫が伝う。
声が止んだのは朝方。
少年の声は潰れて掠れ、出なくなっていた。
どうせ暫くすればその声も元通りになる。
それが堪らなく少年には辛かった。
せめて自分が少女の事を想っていた証を残して置きたかったのに、この半妖である身はそんな些細な望みすら奪って行く。
自分の身が、恨めしかった。
「か…ご、めぇ…。」
掠れた声で呟く。
もう、きっと二度とこの世界の地を踏む事は無いであろう少女の名を。
世界はなんて残酷なのだろう。
再び自分から居場所を取り上げてしまった。
…もう、自分の居場所なんて無いと言うのに。
かごめが最後の居場所だった。
それなのに、それなのに。
「くそっ…!!」
憤る感情を木の幹に拳でぶつける。
何度も何度も殴った。
何時しか拳が自らの血に染まるのも、痛みと言う物も全て忘れて。
ひたすら、殴り続けた。
痛みなんて感じなかったんだ。
それよりももっと、心が痛かった。
帰って来て欲しい。そしてまた笑って欲しい。
俺の、隣で。
待ってる事しか出来ないというならば、何時まででも待て居てやるから。
ずっと此処で、待っているから。
だから、帰って来い。
…かごめ。