駄文

□引き寄せる、抱き締める。
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 それはとてもよく晴れた日の事。
 犬夜叉一行は奈落を追いつつも久々にのんびりと歩を進めていた。



「ねぇ犬夜叉!お花畑お花畑ー!!」
「…だから?」



 突然眼を輝かせながら話しかけてきたかごめに素直になれない自分は、きっと仕方が無かった。



 だってよ。



「んもぅ、連れないなぁ…ちょっとだけ休んで行こうって言ってるの!」
「馬鹿か?お前…奈落はどうするんだよ奈落は。」
「だってぇ…。」
「口答えしてんじゃねぇよ。」



 此処の所暫く、かごめから一般的に言われる所の「おあずけ」を食らわされているこの身としては、やはりどうしても機嫌は落ち込むと言う物だ。

 その癖、当の「おあずけ」をこの俺に強いているかごめ自身はひょこひょこと俺の側でくるくる笑う。



 それはもう、途轍もなく愛らしく、無防備に。



「犬夜叉の意地悪っ…!」
「…んだと!?」



 だったらお前は一体何なんだ?

 お前は意地悪じゃねぇのか?

 つい言葉に出して言い返そうとした俺の前に、ずずいと黒い袈裟が立ち塞がる。



「まぁまぁ犬夜叉。良いではありませんか。」
「弥勒!お前っ…。」
「そうだよ犬夜叉。大体かごめちゃんはあんたみたいに馬鹿みたいな体力は無いんだから。」
「さ、珊瑚!馬鹿みてぇな力って言うんじゃねぇ!!」



 一見いつもと同じ様に見えるこの喧騒もの中でも、只一人犬夜叉の心中は複雑だった。



 此処最近はずっと戦闘続きで、かごめと二人きりになれる時間という物は皆無。

 女好きの生臭法師は事ある毎に「ならばかごめ様に夜這いでもかけたらどうです?」と爽やかな笑顔で言うが、生来そんな闇討ちをかける様な真似が好きではない犬夜叉はどうしてもその気になれない。

 喩え犬夜叉がいざその気になってかごめの寝所へ忍び入り横たわる身体の側へ近付いても 、その余りにも無防備で安らかな寝顔を見てしまった途端に気分が凪いで良く。
 何故か、このまま寝せて置いてやろうと言う気になってしまう。

 単純に、起こす事が躊躇われる。

 確かに自分は、この大好きな大切な女と夜を共にしたい。荒っぽく言ってしまえば抱きたい。

 そんな欲望は山程あって、募る事はあっても尽きる事は無い。

 しかし、気持ちよさそうに眠っている所に夜這いを掛け、その上叩き起こしてまで自身の欲望をかごめに捻じ込む程自分は非道では無い。…と思っている。

 しかしそれは全て、理性を踏まえた上での台詞だ。



「…それでは犬夜叉、しばしこの辺りで休憩と言う事で良いですね?」
「!?」



 突如意識が現実に引き戻された気がした。



「聞いてましたか?」



 訝しんだ表情の法師に対し、一瞬自分は何の話をしていたのか自体を思い出せなかった。



「あ、あー…仕方無ぇな。」
「やったぁ!!犬夜叉ありがとうっ!」



 ほころぶ笑顔。



「良かったね、かごめちゃん。さ、あっちで休もう?」
「うん!」



 よほど嬉しかったのだろう、満面の笑みを保ったまま浮かれた足取りで危なっかしく珊瑚の後に付いて行く。



 あぁ、正直に言おう。



 くっそ可愛いよ。



 なんだあれは。あんだあの笑顔は。



 あれは駄目だろう。



 そう、問題なのは只一つ。



 俺の理性が欲望に打ち勝てるかと言う事だけ。



…********…



 かごめは確かにとてつもなく可愛い。笑顔なんて、もうそのまま身体を抱き締めたくなる程に。

 しかしかごめ自身は自分の魅力と言う物を全く自覚していない。

 自覚しても居なければ解っても居ない。男を意識すると言う感情さえ欠落しているのではないかと心配する位だ。



 俺だって当然の如く男だ。
 かごめのしぐさを可愛いと思うし、欲情だってする。

 けれど俺はそれをかごめに悟られまいと振舞う。何故かと問われれば、それは単純に恥ずかしいから。

 好きな女に自分の浅ましい欲望を知られてしまう程恥ずかしい事は無い。
 あまつさえ俺の中で膨れ上がった妄想をかごめに晒すなんて、とてもではないが出来た物では無い。



 なのにかごめは無頓着。

 おろおろする俺が愚かしく見える程、自分の事にも、相手の事にも。



 そこまで考えて、一旦思考を止める。

 思えばまだ自分が立ったまま名事に気が付き、場所を変えるのも面倒になったのでその場にどっかと腰を下ろす。



 そしてまた、思いにふける。



 大好きな、そして愛しい女が側にいると言う事は、とても嬉しい。
 特に今迄誰も信じずに生きて来た俺にとって、見も心も許し合えるかごめと言う存在は最早無くてはならない大切なもの。

 溢れる笑顔が愛しくて、声音が心地良くて、鼻をくすぐる香りが安心を誘う。

 無邪気に笑うお前に、一体幾度癒され救われた事だろう。その癖、夜に俺との行為の中で見せる顔はいつもの子供っぽさとはかけ離れていて、その甘い声で求められでもしたら俺は間違いなく理性を失う。

 本当なら毎日でも求め合いたい。俺の全身は常にお前を求めて止まなくて、これでは余りにかごめが足りない。



 しかし、今はそれ所では無いと、かごめの身体に溺れている場合では無いと自身の欲望になけなしの理性を総動員させてなんとかかごめを抱かずに今日まで来た。



 正直、辛かった。



 それなのにかごめは俺の努力なんて知る由もなく、にこにこと無防備に俺に近付く。擦り寄ってはその甘い香りを周囲に満たし、それでも必死に堪えようとした俺が図らずもかごめを遠ざける素振りを見せると、何も知らないかごめはむくれて拗ね始める。

 お前の為だと言うのに、解ってくれる筈も無ければ理由も言えない。

 そしてその拗ねた仕草までもが俺の情欲を煽っているだなんて、絶対に言えない。



 今が限界だと言うのに。



 これ以上は耐えられる気がしないと言うのに。



 今すぐにでもその唇を奪って組み伏せて抱いてしまいたい。

 欲まみれとでも何とでも言うがいいさ。



 とにかくかごめが欲しい俺の精神は既にボロボロだった。



 堪えきれない物を必死に押さえ込んでいたんだ。
 他でもない、お前の為に。



 それなのに。



「犬夜叉ぁ!」
「っ…うわ!!」



 突然背後から来る重み。その衝撃に思わず声を上げる。



「なにしてるの?」
「る、るっせぇ!何でもねぇ!!」



 耳元で話すんじゃねぇよ。



「…そう?なんか真剣な顔してるから心配しちゃった。」



 香りを俺に擦り付けるな…!



「ね、どしたの?そんなにむっつりしちゃって。」
「…せぇ…。」
「ん?」



 にこ、と微笑むかごめ。

 あぁもう俺は抑え切れない。

 気が、狂いそうだ。



「うるせぇ!!」
「ひゃ!」



 びく、と身を竦めたかごめの身体を瞬時に抱きかかえる。



「きゃぁあ!」



 そしてずんずんと近くの森へと早足気味に大股で歩いて行く。



「ちょ、いぬっ…お、下ろして!…ふわ!!」
「お前が悪いんだ。」
「…え?」
「………。」
「ね、犬夜叉っ…私が悪いって一体何…んや!」



 荒っぽい歩きの振動に、かごめの身体が激しく揺れる。



 犬夜叉は、何も言わない。



…********…
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