駄文

□夢を謳う。
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 白濁とした中に、俺はいた。



 何も見えない、白い景色。



 無味乾燥な景色の中に独り、何故此処に来たのかも何故此処にいるのかも判らないまま、只俺は其処に立ち尽くしていた。





「…誰か、いねぇのか?」





 無駄とは知りつつも、声を上げる。





「おい、いねぇのか!?」





「…犬、夜叉?」





「!?」





 耳がぴくりと反応する。

 確かに、聞こえた。聞き違える訳は有り得ない。



 かごめの、声。





「か、かごめ!?何処にいるんだ!?」

「…ねぇ、犬夜叉。」

「………!?」





 びくん、と肩が上ずる。

 さっきまで遥か遠くで聞こえていた筈の声が、突如俺のすぐ後ろで軽やかに響いたからだ。

 匂いも全然しなかった。

 …今も。



 それなのに不思議と、このかごめが「偽者だ」と言う認識は全く無かった。





「な、かご…め?」

「ねぇ、犬夜叉。」





 かごめに俺の声は、届いている様で届いていない様で。

 何処か儚く、幽鬼的な面持ちで唇を揺らす。





「犬夜叉…。もし、あたしが突然此処からいなくなっちゃったら…寂しい?」





 かごめが、いなくなる?



 カゴメガ、イナクナル?





「…っ、な、何馬鹿な事…。」

「馬鹿じゃないよ。」

「突然そんな事っ…だ、大体お前如何してそんなっ…!」

「ねぇ、真剣に考えて。」

「…!!」

「私達には、もう時間は残されていないんだから…。」

「な、かごめお前、それは如何言う…。」

「考えて。」





 かごめが、いなくなる…だと?

 そんな事、考えもしなかった。

 かごめは俺の傍にいるのが当たり前だと思っていた。



 でも…そうだとしたら、この言い表せない心の重みは何なんだ?



 何処かに、ずしりと圧し掛かる。



 …俺はきっと、本当は心の何処かでこの事を考えていたんじゃないのか?



 否定したくて、認めたくなくて、それでもやっぱり怖くて。

 頭の中で無い混ぜになって、諦めて。

 結局それ以上考えるのが怖くなって、投げ出した。



 かごめがいない世界なんて、考えたくなかった。





「…犬夜叉?」

「う…。」

「寂しいって、思ってくれる…?」





 こう言う時に素直になれない事なんて、自分が一番知っている。





「べ、別にっ…!!」





 言ってしまってから、しまったと思った。

 全ては、後の祭り。





「そっか。」

「あっ…。」

「…そう、なんだ…。」





 両眼に涙を一杯に溜めて、かごめが儚く微笑む。

 全てを、諦めたかの様に。





「じゃああたし…此処にいなくてもいいよね。」

「なっ…。」





「さよなら、犬夜叉。」





 …何、言ってんだよ?

 嘘だろ?冗談だろ?



 叫びたかった。

 叫んで呼び止めたいのに、声が出ない。

 白の靄の中に霞んでいくかごめの身体を走って捕まえて抱き締めたいのに、身体も動かない。



 なんで、なんでなんでなんで…!!



 突然って、こう言う意味だったのか!?

 如何して、如何してかごめ…!!







「っ…か、かごめ、かごめ!かごめ!!かごめええぇええぇぇえ!!」







「…犬夜叉!!」

「!!」

「犬夜叉、大丈夫!?」

「……?」





 犬夜叉の額には玉の様な汗がびっしりと浮かび、頬を伝ってつぅ、と一筋の汗が流れ落ちる。

 何時の間にか、眠っていたのか。





「あ…こ、此処…は…。」

「犬夜叉、凄い魘されてたけど…大丈夫?」





 取り出した淡い色の付いた小さな布切れで俺の額の汗を拭いながら、かごめが話す。





「夢、か…。」

「あたしの名前呼んでたみたいだけど…一体如何したの?」

「別に…。」

「……そう?」





 夢で、良かった。



 不安で仕方が無い。

 あれが夢だと知った今でも、あの恐怖は鮮明にこの心に刻まれた。





「なぁ、かごめ。」

「ん?なぁにっ…て…きゃぁ!」





 振り返った瞬間、手首を掴まれ犬夜叉の胸に抱き寄せられる。





「な、なになになに!?如何したの、いきなりっ…。」

「………寂しい。」

「へ?」

「俺は…お前がいなくなったら、寂しい…と思う。」





 力強く抱き締められ、犬夜叉の鼓動が身体に直接響く。きっとこの自分の爆発しそうな鼓動も彼の耳に届いているのかと思うと、更に恥ずかしくなってくる。





「寂しいって、如何して?弥勒様とか珊瑚ちゃんとか…七宝ちゃんだっているじゃない?」

「馬鹿。」

「ちょっ、ば、馬鹿って何よ!」

「お前がいなきゃ、意味がねぇんだよ。」

「…?」





 普段の犬夜叉なら絶対に言わないであろう言葉に、思わず小首を傾げる。





「幾らアイツらがいたって、お前がいなけりゃ俺は…。」

「俺、は?」

「…満たされねぇし、何より…寂しいと思う。」





 普段なら絶対に言わない様な言葉をすらすら言ってのける犬夜叉に、此方が恥ずかしくなってきてしまう。

 でも、無闇に笑う事は出来ない。

 犬夜叉は、至極真面目だ。

 だから、自分もちゃんと真面目に答えてあげなければならない。





「じゃあ、あたしはこれからもずっと一緒にいて良いのね?」





 ただ、優しく微笑む事しか出来ずに、かごめは犬夜叉を見上げる。





「いてくれねぇと、困る。」

「ふふっ、仕方無いな…なんてね!冗談。…ずっと、一緒にいさせて。」

「…いてくれ。」





 いてくれないと、困る。

 辛い。

 初めてこれ程愛したんだ、もう逃さない。





「俺にとってお前は…特別だから。」

「と、特…別…?そ、それ何!?」

「特別って言ったら特別なんだよ!他の何でもねぇ!!」

「えぇ、教えてよ!」

「るっ…るっせぇ!!だから、その…なんだ、あれだ。あのー、なんつか…。」





 駄目だ。考えれば考える程何も浮かばない。



 本気で自分のこの頭を呪うぜ…こんな時、あの生臭法師みたいに歯の浮く台詞の一つでも出て来ればいい物を。





「だーっ、もう!…だからその…お前が好きだって事だ!!他には何にもねぇ!!」

「!!…あ、ありがとっ…。」

「くっそ、恥ずかしい事言わせやがって…!!」





 面と向かって言える事は少ないけれど。

 思いだけは本物だから。

 だから。





 離れて行かないでくれ。





 傍に、いてくれ。





 愛しい愛しい人。

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