駄文

□狂い咲き。
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 俺の中の「俺」は、俺に対してよく嘘を吐く。

 初めは大嫌いで仕方無かった女の事を今はすげぇ好きになっていて、けれど今度はまた嫌いになろう等と考えてみたり。



 …そんな事出来やしねぇって、解っている癖に。

 そう、最初はあいつの全てを包み込む様なあの笑顔が大嫌いでしょうがなかった。

 今迄そんな人間も妖怪も誰一人いなかったし、俺自身人間の女を信じるなんざ考えた事も無かった。



 …寧ろ、疎ましいとさえ感じた。近寄るな、俺なんかと馴れ合おうとするんじゃねぇ。そんな事も思った。

 けれど、いつの間にかこの俺自身があいつに。





 かごめに、惹かれていた。





 考えたくは無かったが、単純に惚れていたんだろう。あのかごめと言う女に。

 …できやしねぇ事ばかりが俺の全身にまるで鎖の如く絡みつく。その鎖は重く、俺の動きを嫌が上にも鈍らせる。そしてまた、如何する事も出来なくなった俺にその「如何する事もできねぇ」と言う思いが一筋の鎖となって俺を縛る。そういった中で、あの「かごめ」と言う女の存在がどれ程俺の支えとなっていたかなんて、想像に容易い。



 そしてその内、かごめが俺の側に居るのが当たり前になり、この距離も当たり前になり。

 だから、当然かごめは俺の物になるんだろうと。





 これが、俺だ。





 自分の事しか考えず、欲望は剥き出しでかごめの事が欲しいとか壊したいとか勝手に考えて。

 下らない事ばかり考えて、己の妄想で幾度もかごめを汚して。

 …あの、人からも妖からも憎まれ忌み嫌われ、自身も双方を憎み恨んでいたあの頃の事を忘れた訳じゃねぇ。
 母は違えど、同じ血を分けた兄ですらこの俺を憎み嫌って居るのだから。



 俺が、「半妖」な為に。



 …けれど、それでも。

 まだ、かごめに愛されたい自分が居る。
 50年前のあの日から、もう人間の女なんて愛さねぇ、信じねぇと誓った筈なのに、いつの間にか失くした時に初めて気が付く大切な物の中に、かごめが居た。

 気が付けば、俺の手の内から滑り落ちて行きそうになる。ふと捕まえようとすれば、消えて無くなろうとする。



 …消えないでくれ。

 待ってくれ。

 頼むから、俺から逃げないでくれ。



 俺の側に、ずっと、俺の側に居てくれ。





 ずっと、求めていた。





 かごめの優しい温もりとか。

 あの、透明な微笑みとか。

 初めて狂おしい程愛しいと思った。



 未だ悩み続けても答えの出ない「半妖」と言う忌まわしい柵の中で抱いたこの想い。

 人としても生きられず、妖としても生きられず、誰かに恋心を抱いたとしてもそれが許される事なのかすら解らない。

 こんなに汚くて最低な俺なのに、かごめは何時だって優しくて。



 何時しか、本気で「欲しい」と思い始めた。

 本気で「俺だけの物にしたい」と考える様になった。

 壊してでも、どんなにこの手で汚そうとも。

 …他の野郎に盗られる位なら、屈折した欲望だと言われても構いはしない。



 かごめが、欲しい。



 かごめさえ手に入るなら、俺は他に何も望みやしねぇ。
 かごめと両想いになる事が出来るのならば、他に何もいらねぇ。



 …けど。



 だからこそ、なのか。



 俺達が両想いになれる事はきっと無い。





 ほら、な?



…********…



 綺麗だ。



 紅い紅い、流れ落ちる鮮血。

 俺の狂った目によく似た深紅。

 この色が俺を狂わせる。

 もっともっと…求めさせてくれ。



 その白く滑らかな柔肌を、俺に染めさせてくれ。



 狂い逝く理性が、何処かで悲鳴を上げた。



…********…



 逃げるかごめを、捕まえた。

 何の為にだったろうか、よく覚えていない。

 あぁ、そうだ。欲しかったんだ。忘れかけていた。



 かごめの腕を掴んだ。
 かごめの身体ががくん、と崩れ落ちる。息切れの激しいかごめ。

 あぁ、早く…早くその顔を苦痛と快楽の狭間で歪めさせてやりてぇ。



 俺だけのモノに、なっちまえよ?



 なぁ、かごめ。



…********…



 かごめの血の匂いが微かに鼻を霞める。

 如何してこんなことになってしまったのか。きっと、俺の心が弱かったんだろう。

 俺の足許に倒れているかごめの首には、微量ではあるが紅い血が滲んでいる。
 …取り敢えず死んでは居ないが。



 けれど、まだまだ足りねぇ。

 こんなになってしまっても、こんなにしてしまっても、まだかごめを求めている俺。



 まだ、壊し足りない俺。

 もう、傷付きたくない俺。

 もう、傷付けたくない俺。

 ただ単純に壊したい訳じゃない。
 …ただ、愛しいだけ。



 湧き上がる自身の、理不尽で身勝手な思いでかごめを汚そうとして、なのにその事に俺は中々気付こうとしなかった。

 ゆるゆると今迄自分に嘘を吐いて、とうとう此処まで来てしまった。



 もう、戻れはしないんだろう?
 
 解ってるさ、それ位。



 かごめは未だ静かに横たわる。…その唇から優しく息を漏らしながら。



 …俺の綯交ぜの感情なんか、きっと知りもしないで。



…********…



 眼が覚めた時、辺りは薄暗かった。



 ぼんやりとしていた視界が、次第に現実感を取り戻し鮮明な物になっていく。

 目の前に立ちはだかる黒い影は紛れも無い。



 妖の血に呑まれた、犬夜叉。



 その眼を見ていると思い出す。

 ついさっきの、あの瞬間を。

 突然私の目の前に現れたかと思うと、驚く私を見て余りにも残酷で陰惨な笑みをその口許に浮かべて。
 何も言わずににじり寄って来て、私、怖くてその場から逃げ出した。

 無駄なんて事は嫌と言う程解ってた。でも、その時はそんな事考えてなんかいられやしなかった。



 そして、すぐに腕を掴まれて。

 今でもありありと思い出せる、あの狂った眼。狂った笑み。



 瞬間、首に何か指の様な物が巻き付いて来て、激痛と共に気が遠くなって…。



 自分の首が絞められていると言う事を知る頃には、もう殆ど意識は無かった。

 爪の喰い込む痛み。

 首筋を伝う生臭い血の香りとぞっとする様な感触。

 そして何より、息の出来ない苦しさ。



 でも今はそんな事よりも。



 此処は、何処なの?私、犬夜叉に連れて来られたの?

 ねぇ犬夜叉…、何故?何故変化しているの?何故私を此処に連れて来たの?何故…。



 …何故、そんなに哀しい眼をして私を見ているの…?



 苦しくて苦しくて、遠退く意識の中で最期に私の耳元で暗く囁く様に呟かれた、あの一言。





「なんでなんだよっ…。」





 まるで闇の深淵から響くかの様に暗く、重く、鈍い癖によく通る低い声。

 そして、今も。



「なんだ、もう眼が覚めちまったのか?…女ぁ。」



 その声が、私に問いかける。



…********…



 見開かれたその円い眼には、一体どんな風に俺の姿が映し出されているのだろうか。

「化け物」

 なのか?

 

 それとも…



…********…



 仁王立ちだった犬夜叉が、不意に床に両膝をついて私の上に圧し掛かる。ざらり、と犬夜叉の銀の髪が流れる様に滑り落ちて来る。

 顔がものすごく近くて恥ずかしいのに、抵抗しようにも犬夜叉に封じられた両手首と痛む首が抵抗を許さない。

 冷たく私を見下ろす濃藍の眼が、狂気に歪む。

 そんな眼で見ないで欲しいのに、こんなの犬夜叉じゃないと信じたいのに。



「なぁ、女。…俺は、誰だ?」



 まるで私の心を見透かしているかの様に、答えたくない質問を問い掛け解答を強いるのは、他でもない。



「なぁ、答えてみろよ…。」
「やぁっ…。」



 答えなんて、解っている癖に。



「い、犬や…しゃぁっ…。」



 答えた私の顔を嬲る様な視線で見つめる犬夜叉。悲しくて悲しくて、泣きたくなんかないのに勝手に涙が溢れて来る。

 そんな私に犬夜叉は、更に追い討ちをかけて来る。



「じゃぁ、何で俺がこうなったのか…解るか?」
「っ…!!」
「解ってんだろ?お前だって、本当は…よ。」
「そ、そん…なぁっ!」



 薄々、気が付いてはいたのかもしれない。でも、考えたくなかった。信じたくなかった。何より、その理由も解らなかった。



 でも一つだけ心当たりがある。



「私の…せいなの…?」



 違う答えが返って来る事を期待した。

 けれど現実はそんな事を望んではいなかった。



「なんだ、やっぱ解ってんじゃねぇか。」
「…!!」



 きっと、そうなんだろうと。思ってはいたけれど、でも、いざ犬夜叉本人の口から聞くのがこんなにも辛い事だなんて。



「お前がっ…、お前さえ居なければ!!」
「んっ!?」



 突然の荒い口付け。



「んっ、んぅ…ん。」
「………っ。」



 かごめは必死になって犬夜叉からの束縛から逃げ出そうともがくが、当然力が敵うはずも無く。寧ろ、隙の出来たかごめの口内を貪る様にして舌で犯して回る。



 くちゅっ…。



「うんっ…、んんっ…!!」
「うるせぇ…少し黙れ、女。」
「ん…っひゃぁ…。」



 こんなの、嫌。



「やぁ!!」



 きっとこんな事、私は望んで居なかった筈なのに。

 彼にこんな風に扱われたくなんて無い筈なのに。

 なのに、如何して…?



 私、抵抗出来ない。



…********…
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