駄文
□殺した筈の。
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闇に己の姿を映し出した。
鏡合わせの様に闇に映った俺は、一挙一動を共にする。
只一つ違ったのは、眼。
「奴」は、その残忍な眼を糸の様に細め、口元を歪めていた。
「―――――。」
何かを「奴」が呟いた。
卑怯な俺は、奴の言葉を即座に黙殺した。
…途端。
ガクン、と突然、足許がぐらりと揺れた。同時に、奇妙な浮遊感。何処か底の無い場所へ落ちて行くかの様な不安。
均衡が、崩れた。
今にも吐き戻しそうな酩酊感。何も感じない筈の己の中で、俺は正気を失いそうになる。
不意に、脳髄の置く不覚にずくんと声が重く響く。
「…俺の物だ。この身体も、意識も、あの女も。」
反論しようにも、それすら許さない嘔吐感。口を開いても声は出ず、漏れ出るのは掠れた嗚咽と吐き下された僅かな胃液。
止め処無く溢れて感情を支配するどす黒い声さえ、呑み込む事しか出来ない。
「お前なんて、いらねぇ。」
その一言を境に、「俺」の意識が遠のく。
俺が俺に、成り代わる。
俺が俺に、蝕まれる。
俺が俺の欲望に、殺られる。
俺が俺を、殺す。
俺は俺に、殺された。
行き場を、無くした。
振り絞った声で静止しようにも、もう奴は止まらない。
奴は、止まらない。
俺は…止まれない。
奴が本当に欲しかったのは、今まで自分を縛り付けていたこの身体でも俺の意識でも何でも無い。
ただ、奴はかごめが欲しかっただけだ。
俺が求めたのは、かごめ。
奴が求めたのも、かごめ。
愛しい愛しい、唯一無二の存在。
今「俺」が、奪いに行くから。
…待ってろ。