□雨
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まるで凍り付く様に色を変えた顔。
そんな顔は見たくなかったなんて、俺が言えた事じゃあ無い。
だってそうだろ、それを招いたのは確かに俺なんだ。
すみません、そう言う筈だった言葉は声になる事は無かった。

「俺、やっぱり…アヤちゃんが好きって気持ちは変えられなかった」

遠くの空で聞こえた雷の音…そろそろここにも、雨が降る。




―雨




一人で進む朝の道。
雨は昨日から降り続いたまま。
昨日までは、ここの一つ前の交差点で三井さんと一緒になっていた。
特に待ち合わせとかをしていたわけじゃない。
あっちも俺に合わせているわけではないと言ってたし、そんな事をさせる事ならあっても自分がする人では無かったと俺は思っている。
それなら本当に偶然…だったのだろう。
それが今日に限っていないのだから、今までのが偶然だったのなら今日のこれも偶然かもしれない。
そうでないなら、避けられたか…だ。
避けられたなら避けられたで仕方の無い話と言えばそれまでだけど、向こうの願いに応えてやれなかった以上それも覚悟のうえ。

『お前がアヤコの事好きなのは知ってる』

今更になって思い出した最初の言葉。
それに続いた言葉で、俺達は付き合う様になった。
好きな子の前で格好付ける事ばかり考えている俺にとって、あの人の格好悪いくらいの告白は本気が見てとれて俺のなんかよりずっと良く見えた。
つっても格好良く…よりは可愛い感じ?って言うのか、健気…なんだろうか、三井さんの顔に合わない言葉だけど。
これくらい好かれているなら、意外と俺もその好意に返せる様になるんじゃないかって。
事実気持ちは傾き始めていたし、付き合っている間に好きだなって思う瞬間も何度もあった。
俺が望めば、キスや、それ以上の行為も出来ていたんだと思う。
何度か先に進もうと思う事だってあった…ただ、ことごとくタイミングを逃していただけで。
そこから考えてもやっぱり好きではあったんだ、ちゃんと、三井さんの事。
ただどうしても、どうしてもアヤちゃんが好きだって言ってた自分の姿を思い出すと気持ちが揺らいだ。
その一線を越えたら俺は帰ってこられなくなる、そう思った。
帰って来られないこれからの事は別に怖くない、きっとそれはそれで幸せがあっただろうから。
怖いのは、アヤちゃんが好きな自分を…このバスケ部に入った今までの自分を否定する事になるんじゃないかって気持ち。
それだけは、否定出来ないししたくない。
その事までは、格好悪くて三井さんにも伝えられていない。

「カッコ悪ー」

独り言を呟いて、水溜まりを蹴る様に歩みを進めると意外と深かったそれに裾が汚れる。
何から何まで格好付かないなんて自嘲気味に笑い空を仰ぐ。
覆い尽くした黒い雲。
昨日と同じに遠くの空で響く雷の音。
それに混じって、徐々に近付いてきた水溜まりを踏み付ける足音。
駆ける様に近付いてきた音は俺のすぐ後ろで止まった。

「先行ってんじゃねーぞ。少しぐれぇ待て」

膝かっくんの要領で蹴られた膝の裏にバランスを崩すも何とか保つ。
声なんて無くたって分る、今時こんな事をする人を俺は一人しか知らない。
本当にこの人は、俺の想像じゃ追い付かない事をしてくれる。
普通、別れた翌日に全く変らない態度なんて取らないだろ。
それも、雨の日に汚れた靴で蹴りなんて遠慮の無い事。
真面目に悩んでた俺の方がおかしい気にさせられるけど、それもこの人の魅力か何かだと思っておこう、かなり前向きに。
「すんませんねぇ、居ないもんだから先行ったのかと」

厄介な相手に好かれた。
同じだけ厄介な気持ちを抱いた。
自分の中で結論付ける暇さえ無いなんて…。

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