□雨
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―雨




着替えを終えて外へ出ようとした俺と越野を待っていた雨。
ザァザァと振るそれはそう遠くもない頃には止みそうな雰囲気さえ感じる。
空を見上げても雲は厚くは無い、月さえ見えている。
突然の雨に傘の無い俺と越野は一度部室へと引き返した。
今日は終了時間自体も早かったから、校舎の中にはまだ文化部も残っている。
雨宿りとしてなら少しくらい残っていても先生方も何かを言ってくる事は無いだろう。
何もしないで居るのも落ち着かず、備品のチェックをしていると同じ様に部室内の清掃を始めた越野の方から口を開いた。
何となく、言われる事は分っている。

「いきなりだけど…俺達、別れねぇ?」
「うん、良いよ」

魚住さんと池上さんが引退した後から、越野はいつも俺に何かを言おうとしては躊躇いその言葉を飲み込んでいた。
それには気付いていたけど、何を言いたいかまで薄々察し始めたのは更に時間が経ってから。
一度は俺の方から言っても…なんて考えたけど、憶測でしかない以上はもし違った時にどう受け取られるか分らないと、俺の方も言葉を飲んだ。
だけど、やっぱり間違えてはいなかったんだ。
そんな気がしていたから気持ちの整理を付けるのは本当に一瞬で、動揺する事も無く返した言葉。

「随分アッサリしてんな」

一度手を止めて顔を上げると、ロッカーに寄り掛かる様にして越野が俺を見ていて目が合う。
眉間に寄った皺。
言葉の選択のミスに気付いて自分の考え無しな発言には呆れた。
ごめんと告げて近寄ろうとすると、手にしていたモップを俺に向けて伸ばして距離を取られる。
越野の方から切り出してきた事とは言え、あんな反応は嫌だろう、俺だって同じ事を越野にされたら傷付くし少し泣きたくもなる。

「ごめん…でも、俺なりに越野の事は見てたから薄々感付いてたし。それに、理由も想像付くし」
「なら、言ってみろよ。誤魔化し無しで」

まだ向けられたままのモップ。
片手で持つには決して軽い物でも無いのに。
そうまでして距離を置くのは、越野なりに俺の言葉をちゃんと聞こうとしての事なんだろう。
近付いたらどうしても言葉よりも先に触れたい気持ちが出るし。
触れると言葉があやふやになる。
近寄らないから下ろしてと言って、やっと下ろされたそれを合図にまたお互い作業に戻る。

「越野は真面目だから、残り1年を本気で打ち込む為に別れ様と思った。違う?」

返事は無い。
手を動かしながらたまに横目に越野を見ると、越野は俺を見る事なく床を磨いていた。
正確な答えは告げられていないけど、否定の言葉さえ無いのだから当たっていたんだろう。
違うなら、馬鹿だ何だと容赦無く言葉の雨が俺に降り注ぐはずだから。
文句さえ無いのは、最初に見せた俺の反応にも納得してくれたから。
今この瞬間から俺と越野の関係は変るのに、少しも淋しいとは思わない。
それどころか愛しい気持ちが昨日までより増している。
俺は越野のこの少し分かり辛い面倒な所も好きだし、それより何よりバスケ馬鹿なんだ。
越野も…俺も。
越野の気持ちが分るくらいに俺もバスケに夢中で、越野もそれを知っている。
だから別に今その為に別れるのは平気。

「おい、雨止んだぞ」

越野の声に窓に目を向けると、さっきまで窓を打っていたそれはない。
互いに区切りの良い所まで進めて、後片付けをして戻って来た時と同じ格好をする。
一年後がどうなっているかは分らないし、もしかしたら俺も越野もその頃にはもっと別な相手が気になっているかもしれないのに、何となくだけど一年後もあまり変らない俺達の姿が思い浮かんだ。
何にせよ、打ち込む物のある一年なんてそう長くは無い。
今はとりあえず

「明日は遅刻すんなよ、キャプテン」
「それは大丈夫、最近前にもまして副キャプテンが怖いから」

バスケをしよう。

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