□雨
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「どうして」

そう尋ねる声は消え入りそうな程小さくて、決して人の心の機微に敏感ではない俺でさえその気持ちを察する事は出来た。
言いたい事なら沢山ある。
好きだったのは嘘じゃない、愛されている事だって一度も疑った事はない。
それだけ、神さんは惜しみない程の気持ちと神さんの時間を俺に与えてくれた。
だから俺もそう返してきた、出来る限りで。
それで良いと思ってたんだ…だけど、違う。
違った。

「神さんの愛は…俺には重いんすよ」

突き放し睨む事も、無く事も、勿論笑う事さえ出来なくて強張る俺の顔。
どんな顔をして良いのか分らないって、こんな時に使う言葉だったんだ。
俺の気持ちを知ってか知らずか素直に焦りを顔に出す神さんを見上げると、その肩から荷物がずり落ちてドサッと重いそれが地面に落ちる音がした。
軽くなった肩を動かして俺の頬に触れてきた手は冷たい。
こうして触られるのは嫌いじゃなかった、むしろ、今でも好きなくらい。
それでも気付いたその日から耐えられなくなったんだ、惜しみ無く与えられた過度なまでの愛情に。
嬉しかった毎日繰り返される好きの言葉も、今となってはそうも思えず、言うなれば手元から離さない為の鎖の様にさえ思える。

「どうして」

俺の言葉から悟ってほしいとだけ願う。
これ以上俺の口から伝えたくはない、我儘だって自分でも分ってるけど…伝えたくは、ない。
他の誰かと話しているだけで会話の内容まで気にされるのは辛かった。
少し席を離れただけでされる過剰な心配は自由が無いみたいで正直キツかった。
一人でゆっくり休みたい休日だってあった。
クラスの奴らと遊びに行きたい日だってあった。
思っている沢山の事をこの場で伝える気にはなれない、俺の口から伝えたくはない、それが何故かは分らないけど。
ただ今はその真直ぐに向けられた視線さえも痛くて、俺から先に目を逸した。
それでも離されない手が、僅かに震えている。
泣かないでと声を掛ける事さえ出来ず唇を噛んだ。
どうしてなんて、そんな事…俺が一番聞きたい。
どうしてあの日気付いてしまったんだろう。
気付かずに居られたら、俺も神さんも今尚幸せだったのに。
神さんの愛が重いなんて思う事無く、好きだと告げられる度に嬉しく思えていたんだろう。
そう、だって俺は幸せだった。
気付くまで、それは確かに真実だった。

「すみません…」

震える冷たい手を振り払って、表情を確かめる事無く背を向け歩き出す。
きっとその顔を見たら俺は立ち止まる。
そう確信している。
立ち止まったらその時は、離れられなくなる。
同じだけの過剰な愛を俺からも返して、あの人無しで生きられない程にドロドロした何かが俺を覆う事になる。
それも確信している。
これが最後。
自分の気持ちにサヨナラと言って決別。
確かに好きだったんだと、全て過去形にして。

「    」

最後に聞こえた神さんの声は突然の強い雨に邪魔されて、何を言っているかは分からなかった。




―雨

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