□雨
1ページ/1ページ

「嫌いになったわけじゃないんだ。ただ…友人以上に思えない」

久し振りに重なった休日に牧の家に遊びに行った。
特に話すわけでもなくテレビを見たり本を読んだり、俺も牧もそれぞれ好きな事をやるだけ。
たまに牧に触って、だからと言って何かするわけでもなくまたテレビ見て。
気付いた頃には時計の針が5時半を示していて、辺りの暗さに帰る準備を始めた途端切り出された別れ話。
うんと頷いて、薄々そんな感じはしていた事を伝えると苦笑いを浮かべられた。
言葉自体に嘘は無い。
ただ、少し驚いた。
俺自身、その日が来たらもう少し食い下がって別れたくないくらいは言うんだと自分で思っていたというのに、そんな言葉が自分から出る要素は無い。
それどころか、言い出してきた牧以上に落ち着いている気さえする。
もっとも、牧の方も少なからず俺の様子を窺っているだけで後悔や何かをしているわけでもないんだろう。

「じゃ、俺帰るわ。腹減ってんだ」
「そうか」
「あ、今度暇会った時にでもお前んとこの武藤や高砂も呼んでカラオケ行こうぜ。こっちの奴等も誘って」
「そうだな」

けじめなんて大した意味は無い、ただ何となく、牧の部屋に置いていた僅かな私物を鞄に詰め込んでその場を跡にした。
これまでと同じ様に玄関まで見送られて、靴を履く間にしたそんな他愛無い話。
言った後に、まるで関係を認識する為に吐き出した自虐的な言葉に聞こえていたら…と考えもしたが、あの牧がそこまで考えもしないかとすぐ考える事を止めた。
ここまで乗ってきた自転車に跨がって来た時と同じ道を戻ろうした時、ふと思い出す。
花形にメール返してない。
明日の約束だ、それも待ち合わせ時間に関する…返さないわけにもいかないと、右手はハンドルを握ったまま左手に携帯を持つ。
開いた画面。
最後に来たメールに目を通してから打った文は、自分でも分る程冗談じみて見える。
『昼飯一緒に食おうぜ!俺の失恋パーティーすんぞ!別れた!』
返信ボタンを押して携帯を元のポケットへ…と思い入れようとした矢先、自分の性格を思い直してみた。
後からじわじわ来たりしねぇか…と。
いや、多分無い。
そうは思っても人間どこでいきなり気分が変るかも分らない、こんな日くらい甘えても許されるかと畳んでいた携帯を再度開いた。
発信履歴の中から花形の名前を探す。
1コール…2コールと数度鳴った頃、音が切り替わり聞き慣れた声。
よう、と自分で思う普段と変らないノリで電話向こうの花形に話し掛けると、第一声で本当にかと疑われた。
それもそうだ、数ヶ月前の4月1日〜2日に掛けても俺は同じ様な事を言っている。
それも、複数に。

「今回はマジ」
「そうか…」
「で、今からお前ん家行って良いか?流石に今日ぐらい一人っつーのも避けたいんだよな」
「ちょっと待ってろ」

電話は繋がったまま。
自転車で家への道を進みながら、また声が聞こえてくるのを待つ。
されたのは飯の心配だった。
別に食ってから行くのでも…と、話していたが、結局花形のお母さんの好意で晩飯も含めて世話になる事になった。
よくよく俺は花形の家で飯を世話になる事が多いなと改めて思いながらも、切った電話をポケットに戻してペダルを強く踏む。
適当な曲を口笛吹きながら、花形の家に向かう途中の俺の家を通過して。
その道の半ば、少し遅くまでやっているスーパーを越えた頃に頬に当たる水滴。
ポツ、ポツと道路に黒い跡を付ける。
降り出した、雨と言うにも勢いの弱いそれ。
それでも水滴は俺を打ち、前髪から伝い顔を濡らした。
よくある漫画ならきっと、この雨が涙の一つも隠してくれるんだろう。
だが御生憎様。
隠す筈の涙さえ出ちゃいない。
こうして一人でいて分った。
俺もきっと、とうに牧の事を友人にしか見えていなかったんだろうと。
ブレーキを掛けて急カーブをきって、少しでも濡れない様に並木の下を走る。
着いたら、何から話してやろう。




―雨




「つー感じで別れた。……あ!お母さん、おかわり頂けますか」
「遠慮しないで食べてね」
「いつも有難うございます。今日の大根も美味しいっすよ」
「…少しでも心配した俺の気持ちを返せ」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ