□学校怪談
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それは放課後現われる。
最初は気配。
次に足音。
最後に名前を呼んでくる。
どんな姿で現われる。
最初は気配。
次に靄。
最後に貴方の知る姿。
その手を取ると捕らわれる。
ずっとずっと捕らわれる。
捕らわれ逃げれず闇の中。
振り返っちゃいけないよ。
振り返っちゃいけないよ。
振り返っちゃ、いけないよ。
その手を取っちゃ、いけないよ。




―学校怪談




神と信長が別れて数日が経ち、二人はそれまでの様な接し方をしなくなった。
まず休み時間にすれ違ってもするのは如何にも先輩と後輩と言った挨拶だけになり、部活後もそれまでの様に神を待つ信長の姿は無い。
二人乗りの自転車での下校も同様に。
更に部活の間も必要以上に話す事さえ無く、その態度を極端だと言う人間も部内には少なからず居た。
それだけ二人の仲は傍目にも見える物であり、またそれを周りも認めていたのだ。

「何でこんな時に限って…」

放課後、静まった校内を信長は一人早足で歩みを進めていた。
教室等を使う文化部も既に部活を終え人気も無く、電気さえ付いていない。
長い廊下に光を灯すのは窓の外から入ってくる体育館の光。
バスケ部も練習は終えている。
だからこそ信長は今校内に居る。
それでも体育館にまだ明りが付いているのは、神がまだそこに残っている証拠だった。
薄暗いそこにカツカツと信長の足音だけが響き、それが恐怖を誘う。
有りもしない気配が気になり、自分の足音に他の存在を思わされる事はよくある。
信長も例外では無く誰かが後ろをついて来ているのではと必要以上の恐怖を感じていた。
何度も自分にそんな事は無いと言い聞かせるうちに、ようやく見えてきた一つの明り。
校舎内唯一人の残る場所、職員室。
そこまで来れば玄関までもそう遠くは無く走りその明りの元を抜けると、後ろからガラと扉の開く音がした。

「清田ー、廊下は走るなー」
「うーっす、すんませーん」

聞き慣れた声。
間延びした、お年寄り独特の少し掠れたその声は世界史の時間によく聞いた。
信長は後ろにいるであろう世界史担当の大窪に振り返る事無く返事をし、その時ふと思い出したのは一年の間で流れている噂。
それは後ろからの声と呼び名が付けられた俗に言う学校の怪談。
放課後に一人で歩いていると嫌な気配を感じ、自分のよく知る人に話し掛けられる。
その声に振り向き気に入られると……そんな小学生の間でこそ信じられそうな噂が流れ出したのはここ一ヶ月の間。
名も知らない二年の女子生徒が一人学校に来なくなるのと同時期らしいと、最近では新たな噂さえ流れている。
最初のうちは信じる気にもなれずにいた信長だが、女子を中心に自分の周りが信じていくうちに、もしや…と言う意識が刷り込まれてしまっていた。
後ろから聞こえてきたよく知る声、もし振り向いていたら…背筋に走る寒気。
恐怖に気持ちを支配された信長は振り返り確認する事さえ出来ず、逆に速度を上げそのまま廊下を走り抜けた。
この角を曲がれば、そう気を緩めた瞬間に吹いた強く冷たい風。
勢いのあるそれに後ろへ押されバランスを崩す。
うわっと声を上げる間も無く掴まれ引かれた腕、後ろに向けて掛かっていた力はそのまま前への力に代わる。
ドンという音のわりに自分が感じた力は柔らかく痛みも無い。

「大丈夫?」
「あ、神…さん?」

部活等で顔を合わせる事は何度もあったと言うのに、こうして顔を見合わせるのは別れ話しをした日が最後。
しかし、今の信長にはそれを気にするだけの気持ちの余裕は無く、目の前に現われたよく知る人間に安心していた。
状況をいまいち理解出来ていない神は、いつもに比べても尚落ち着きの無い信長の背を撫で、どうしたのと尋ねるも返事は無い。
目を逸すだけ。
それは数日前の事での後ろめたさと言うよりは、何かを誤魔化したい様な素振り。

「信長…もしかして、怖いの?」
「………」
「じゃあ怖くないんだ?」

神が身を離そうとした途端、それを止め縋る様に伸ばされた信長の手が神のシャツを掴む。
やれやれと呆れた様に、少し眺めの髪に神は自分の細く長い指を通し撫でた。

「言わなきゃ分らないよ」
「…後ろからの声」
「ん…えーっと、それって二週間くらいに話してた奴?……あれ、信じてたの?」

二つの問いに対して二つ頷くと、それまで信長の髪を撫でていた手は神自身の口を押さえ揺れだす肩。
ククッと喉を震わせ耐える様な笑い声。
様子のかわる神の姿を信長がぽかんと間抜けにも口を開け見ていると、ごめんとまた撫でられた頭。
神の口から紡がれ信長の耳に届く言葉は噂の真相を告げていた。
噂の出所は二年、それも神の居るクラスの男子生徒からで学校に慣れてきた一年に少し緊張感を与えてやろうと生み出された作り話。
二つ目の話に出た女子生徒は確かに学校には来なくなったが、さらわれたわけでも何でも無く、偶然タイミングが合った為に噂にされただけで実際は年上の彼氏との駆け落ちではないかと二年の間では有名。
二週間前にその話を信長の耳から聞いた時点では、そこまで本気で信じているとも思わず否定も何もしなかったのだと神は言う。
一瞬でもそれに恐怖させられた信長にとってそれは、安心感を与えると同時に遊ばれた悔しさを与えた。
信長はその二つの感情で勝った悔しさを素直にあらわし、口を尖らせ自分から身を離す。

「ごめんね」
「別に良いっすよ」

そう言って玄関への一本道を歩き出した信長の後を神が追う。
ごめん、別に、の繰り返し。
玄関を目前に神の足音が止み、いきなり消えた後ろから聞こえてくる筈の足音を不審がり信長も足を止めた。
先程と同じ、強く冷たい風が二人の間を吹き抜ける。
目立つ音は無く、唯一の音も外の風が木々を揺らす音だけ。

「信長」

昼の校舎内では聞こえないであろう小さな、それでいて通る声で名前を呼ぶ。
何すかと信長が反応して振り返ると、すぐ目の前、神が穏やかに笑っていた。
立ち止まった時点での距離から明らかに詰められた今の互いの位置、しかし、それをする筈の足音は信長の耳には届いていない。

「振り返っちゃ、いけないよ…」

そう言って信長の背へ回された腕。
背中から伝わる神の手の冷たさに、信長は職員室前と同じ様な何かを感じた。
強く強く抵抗を許さない様に力を込めてくる腕から抜け出す事もかなわない信長の耳に寄せられた口。
身元で呟く言葉。












「もう、離さない」
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