□世界の中心で
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藤真が泊まりに来た今日、それが家にあるのは言うなれば偶然でしかなかい。
実際にそれが大衆の間で名を広めた当時からは何年も遅れ興味を持った母親が、レンタル店でそれを借りてきたのは昨日の夕時の話。
夜には、涙を流してテレビに向かう姿を見た。
今俺の隣りで同じ物を食い入る様に見る姿は、母の姿に重なる事無い複雑な顔。
あらすじ程度しか知らないその映画の何処にそんな表情をする要素があるのかは理解出来ない。
藤真なりに何か思う所があるのだろうと、その場は気にせず読み途中の本を手に取った。




―世界の中心で




ふぅと深く吐き出された息に本を閉じると、映画も終りを迎え藤真は視線をテレビから俺の方へと向けていた。
腕を組み、少なからず不機嫌さを感じさせるその顔は眉間に皺が寄っている。
詳しくは知らないが、これは終わった後にそんな顔になる様な話だったとは知らなかったな。
それを問う事は無く一度閉じた本を床に下ろすと、なぁと何時に無く真剣な声で尋ねられる。

「どうした」
「世界の中心って言えば俺だろ」
「………」

返す言葉が見付からない。
しいて何かを言うとした、俺の理解出来る日本語を使ってくれ…それくらいだが、ふざけた様子も無い今の藤真にそれを言っても無駄だろう。
余計に分らない展開に持ち込まれて俺の体力を必要以上に消費させるだけだ。
流石に三年もの付き合いになれば、ある程度の返答予想は付く。
否定の言葉を告げても結果は同じだろう。
何のかのと矛盾だらけの理論武装と勢いに押され、疲れた俺の方がギブアップの音を上げるだけ。
暫しの間を置いて尚俺に向けられたままの視線から目を逸し、小さくあぁと返した。
不本意だが、最善の策がそれなら仕方が無い。
コイツと長く居ると自分の意思を通す事より、自分の身を守る方が大切だと知りその術を覚える。

「世界の中心が俺である以上、そこで愛を叫べるのは俺だけなんだよ」

本日二度目の返す言葉が見付からない状況。
約18年生きてきて、俺は藤真程幸せな頭の持ち主は見た事が無い。
堪え切れずに溜息を漏らしながらも共感の意を示す言葉を返してやれば、目の前の藤真はただ満足そうに何度も頷いた。
人によっては涙するくらいの作品を見ての感想とはとても思えないその流れに結局は疲れを感じ、下ろした本をまた上げると、それは横からの手に取られ床の上に下ろされる。
まだ話は終わっていなかったのか。
にじり寄って来る姿に逃げるだけ無駄と諦めてただその動きを見ていると、また表情が変る。
この僅かな時間の間にどれだけ変るのか、今度はそう、玩具を見付けた小学生の様な顔。
この顔が一番厄介だ。
ろくな事をしない。

「世界の中心でお前への愛、叫んでやろうか?」

伸ばされた手は俺の頬へ。
わざとらしく音を立てる様に俺と藤真の唇は重ねられた。
あぁ、本当に厄介だよ。

「丁重にお断りします」

きっと、こんな言葉さえ無意味。

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